ある収録後


「HAYATO、準備はできたか?」
「すみません、まだ待ってください」
楽屋のドアが開いて、HAYATOのマネージャーの氷室が入ってくる。
衣装を脱いでいるところだったHAYATOが首を振ると、氷室はドアを閉めた。
個室の楽屋なので、HAYATOと氷室以外には誰もいない。
「これで今日の予定は全部終わりましたよね?」
「ああ、お疲れ」
彼はHAYATOが脱いだ紫色のジャケットをハンガーに掛けてから、労うように肩を叩く。
HAYATOがほっと息を吐くと、氷室が微笑みかけた。
「そうそう、最後のアドリブがすっごくよかったぞ。さすがはHAYATOだな!」
「わっ……、ありがとうございます」
大きな手がHAYATOの髪をグシャグシャと撫でる。
元々跳ねた風にセットしていた髪が更に跳ねたけれど、気にせずにリボンタイを解く。
髪を撫でていた氷室の手が下りて、ボタンに掛かった。
第一ボタンからひとつずつ丁寧に外していく。
まだ外れていないボタンをHAYATOもいくつか外すと、すぐに全てを外し終えた。
氷室が背後に立ち、HAYATOの腕からシャツの袖を抜く。
空調のせいで肌寒い。
シャツもまたハンガーに掛けた氷室はふとHAYATOを見つめて動きを止めた。
「……HAYATO」
「はい?」
早く着替えてしまおうと私服のシャツに手を伸ばしたままで氷室を振り返る。
彼はいつもより真剣な顔をしていて少し不安を感じた。
「少し太ったんじゃないか?」
「えっ」
そして、突然の氷室の言葉にHAYATOは目を見開いて言葉を失った。
呆然としながら鏡を見て、そこに映る自分の体を注視する。
そういえば昨日から一度も体重計に乗っていない。
「ほら、この辺りが」
「あっ、ちょっと氷室さっ……!」
氷室の両手が伸びてきて、HAYATOの脇腹を鷲掴む。
「うーん……、やっぱり少し太っただろ」
「わ、ちょ、待ってくださっ」
HAYATOの脇腹にどれだけ脂肪が付いているかを確かめるように氷室が何度もそこを揉んできた。
それがくすぐったくてたまらなくてHAYATOが必死に声を上げて止めようとするが、彼は手を止めない。
「んんっ、あ、氷室さぁん」
もがいて離れようとしても、氷室にしっかりと捕らえられて逃げられない。
「何か甘いものでも食べたんだろ」
「き、昨日氷室さんと食べたケーキ……、ひっ、んぁっ」
笑いを含んだ声で尋ねてきた氷室に、HAYATOは少し恨みがましそうに答える。
ハードなスケジュールだった昨日、予定を全て終えると氷室が「今日は頑張ってたから、1個くらい大丈夫だろ」と言ってチョコレートケーキを差し出してきたのだ。
それを分かっているのに氷室はまだ笑っていて、手は未だにHAYATOの腰を揉んでいる。
「そんなんじゃ、ファンに『HAYATO太ったね』って笑われるぞ」
氷室の言葉に、SNSのコミュニティーや掲示板に『HAYATO太った?』『前より太ってたww』などと書き込まれるのを想像して血の気が引く。
「……すみま、あっ、も……、止め、て、くださっ」
くすぐったさのあまり、視界は微かに滲んで、息も絶え絶えになってきた。
「反省したか?」
「しました! ちゃんと痩せますからっ」
氷室の手が止まり、HAYATOは何度も頷く。
HAYATOだって太ったままは嫌だし、『太ってるw』と笑われるのも嫌だ。
しかし、それでもまだ解放されない。
鏡に氷室が悪戯っぽく笑うのが映っている。
「HAYATOの喋り方はどうした?」
「っ……、氷室さんごめんにゃあ……。HAYATO、ちゃーんとダイエットするからぁ……」
自分より背の高い氷室を見上げて、涙目のHAYATOが甘ったれた喋り方で謝った。
「よし、それでいい」
氷室はそう言って、HAYATOをソファーに座らせた。
息が荒いままのHAYATOはソファーに倒れ込んで、呼吸を整える。
体温も上がって、もう肌寒さはない。
「HAYATO」
「……はい」
HAYATOの前にしゃがみこんだ氷室を見る。
彼は眉尻を下げて、すまなさそうな表情をしていた。
どうしてそんな顔をしているのかと考えている内に彼が開口する。
「実は嘘だ」
「……えっ?」
「おまえは別に太ってなんかないよ」
氷室がまたHAYATOの髪を撫でる。
乱れた髪を撫でつける手つきだ。
HAYATOが何も言えずにただ彼を見つめていると、ますます申し訳なさそうな顔になった。
「悪かったよ。HAYATOは十分細いままだ。むしろ、少しくらい太ったって構わないさ」
ようやく氷室にからかわれただけだと気づいたHAYATOが体を起こす。
それから立ち上がった氷室の胸のあたりを思い切りクッションで殴りつけた。
「氷室さんの馬鹿っ」
「悪かったって。お詫びにケーキ買ってやろうか?」
「いりませんっ!」
もう一度クッションで殴りつけるHAYATOを宥めるように氷室は頭をポンポンと叩いた。
「ほら、夕飯作ってやるから、早く着替えて帰ろう。な?」
「氷室さんのせいでしょう!」
「ごめんごめん」
氷室は謝りながら、まだ怒りが収まらないHAYATOの頬を撫でる。
両手で顔を挟まれるようにして撫でられるうちに、HAYATOも少し機嫌を直した。
「……カロリーはちゃんと考えてくださいよ」
「分かってるって。栄養もちゃんと考えたメニューにするよ」
「……それなら、いいんです」
氷室が優しく微笑むのを見て、HAYATOも頬笑みを浮かべた。