愛をこめて花束を

「へえ、イッチーって部屋に花飾ってるんだ。レディみたいで可愛いね」
「人のベッドに乗らないでください」
「カサブランカの花束……結構高い奴だけど、自分で買ったのかい?」
トキヤの注意に耳を傾けずに、レンはトキヤのベッドに両膝を突いて花瓶に活けられた花を眺めている。
トキヤがCDラックからレンが借りに来たCDを2枚選んで差し出しても、彼はそれに見向きもしない。
当初の目的を忘れている彼に少し苛立ち、腰に手を当てる。
「……バイト先で頂いたんですよ」
「イッチーはお花屋さんでバイトしてるのかな?」
「そういう訳では……」
どこか悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらを向いたレンからトキヤは視線を逸らす。
本当はHAYATOが主演していたドラマがクランクアップを迎えた一昨日に貰った花束だ。
だが、素直にそれを話す訳にはいかない。
今すぐにでもこの話題を終わらせたいが、レンはまだ話を続ける。
「じゃあ、お客さんに貰ったんだ。イッチーって可愛いから人気ありそうだしね」
「お客さん?」
笑いを含んだ声で言われても、どういう事か分からない。
客から花を貰うようなバイトがあるだろうか。
「貰ったというか、貢いでもらったのかな」
「違います!」
『貢ぐ』の言葉でようやくレンが何を言いたいのかを察したトキヤが声をあげて否定する。
ホストをやっているなどと思われるのはごめんだ。
トキヤはレンの服を掴んで、花から引き剥がして、床に立たせた上で手にCDを押し付けた。
「いいから、これを持ってさっさと部屋に戻ってください」
トキヤが両腕を組んで『迷惑です』というオーラを出しているのに、レンはベッドの淵に腰掛けた。
「ここで聴いていこうかな。今、部屋にあいつがいるしね。俺がCDを聞いているとすぐに『うるさい』ってキレるんだ。まったく、短気な奴だよ」
「……あなたがヘッドホンで曲を聴けば済む問題です」
大音量でCDを鳴らすレンの姿が容易に想像できて、真斗に同情しながらトキヤが言う。
「ヘッドホンは嫌いなんだ。どうせ聴くなら大音量で聴きたいね」
「知りません」
その後も「さっさと帰ってください」と繰り返したがレンは聞く耳を持たず、結局は貸したCDを2枚ともトキヤの部屋で聴く事になってしまった。


活けていたカサブランカが枯れて花瓶が空になった頃、またもレンが部屋を訪れてきた。
音也はAクラスの友人たちと外食をしに出ていて不在だ。
「やあ、イッチー」
「…………」
ドア前に立ったレンからの挨拶に返事もせず、トキヤはレンの手元を見る。
彼は3本の白い花と、それにカスミ草の花束を持っていた。
「……何ですか?」
今から女性に会いに行くのであろうレンがどうしてここに寄ったのかが分からないトキヤは困惑して眉をひそめた。
そんなトキヤを見たレンが苦笑いする。
「何って、イッチーに会いに来たんだけど」
トキヤに何の用かは分からないが、入用らしい。
けれど、花束を片手に用を済ませようとされても気が散って困る。
一体どの女性に渡すのかと思った瞬間、何故だか苛立った気持ちになった。
「………………、まずその花を相手に渡してくるのを先に終わらせた方がよいのでは?」
トキヤは彼に進言する。
これ以上話していると、苛立ちを隠しきれなくなりそうだ。
「ああ、そうだね」
レンは腑に落ちた顔で頷いた。
そのまま廊下を歩いていくだろうと思っていたレンが両腕を伸ばして、花束を捧げるように持った。
「はい、イッチー」
「……はい?」
目の前にかざされた花束を凝視しながらトキヤが呟くように言う。
「だから、はい」
「ああ、……はい」
レンが受け取りを促すように突き出してきて、反射的に受け取る。
包装紙やリボンで綺麗にラッピングされているが、花自体もとても綺麗なものだ。
黄色い棒状のものを包むように白いメガホンの形の花が咲いている。
この花は何と言う名前だろうか。
「……いえ、そうではなく」
しばらく花の美しさに見とれていたが、トキヤは頭を振った。
気づけば、レンはまたベッドの淵に腰を下ろしている。
「レン、相手の女性に渡してきなさいと言っているんです」
「俺は確かに渡したよ。レディじゃないけど」
「……これを私に贈るんですか?」
「そうだね」
レンの答えに戸惑いながらトキヤは彼の側に寄る。
どうしてこの花をトキヤに贈ろうと思ったのだろう。
答えを求めてレンを見れば、悠然と足を組んで艶のある微笑みを浮かべている。
その様になったポーズを思わず注視している事に気づいて、トキヤが慌てて視線を逸らした。
花に視線をやっても答えは分からずに、空の花瓶を一瞥する。
一度はこれを女性に贈ったけれど、突き返されたものかもしれない。
それを以前の会話を思い出してトキヤの所に持ってきたのだろうか。
そう考えると、腹が立って仕方がなかったが『こんなものいりません』と返すのもおかしい気がする。
「……返品されたものとは言え、花に罪はありませんからね。せっかくなのでありがたく飾りますよ」
「イッチー」
花瓶に伸ばした手をレンが掴む。
トキヤの名前を呼んだ声には怒りがこもっていた。
レンの反応に目を見張って、表情を見ればやはり怒ったような顔をしている。
「何ですか?」
「もしかして、俺がレディに突き返された花束をイッチーに適当に贈ったとでも思ってるのかい?」
掴んだ腕を引かれて、レンの隣に座らされる。
勢いあまってバランスを崩しかけたが、レンの腕に支えられた。
「そうではないんですか?」
「勝手に考えて決めつけるのは止めてほしいね」
嘆息したレンを見つめながら、収まりかけていた混乱が更に深まってしまい頭を悩ませる。
返されたものではないなら、わざわざこの花を買ったと言うのだろうか。
そういえば以前レンがバラ園を丸々買い取ったという話を聞いた。
ならば、今度は花鳥園でも買い取って、そこから持ってきたのだろうか。
間違って作りすぎてしまった余り物かもしれない。
一度客から注文されたが、キャンセルになった花束かもしれない。
「イッチー、また色々と考えてひとりで納得しようとしてるだろ」
「……なら、何故これを私にくれるのか教えてください」
「……」
トキヤが両腕に花を抱えたままレンに問い掛ける。
しかし彼は口をつぐんで顔を正面に向けた。
「……レン?」
「それよりも、その白い花が何て名前かは知ってる?」
「いいえ、見たことはありますが」
「カラーって言ってね。この周りの白いのが花びらに見えるけど、これは苞で、真ん中の黄色いのが花なんだ。修道女の襟を連想させるからそんな名前なんだよ」
「へえ……、そうなんですか」
トキヤは指先で中央の花に触れる。
息を吸い込む度に匂いがする。
「ほら、早く花瓶に活けなよ」
「ああ、そうですね」
レンに促されたトキヤは移動して中央のテーブルにカラーの花束を置き、椅子に座った。
「すみません、ハサミを取ってください」
綺麗に結ばれたリボンを解きながら頼んだが、少し待っても返事はない。
レンを見ると、じっとこちらを見ていた。
「レン、聞こえましたか?」
「あ、ああ。定規だっけ?」
「ハサミです」
とぼけた答えに呆れて息を吐けば、レンは机の上のペン立てからハサミを選んでこちらに持ってきた。
「ありがとうございます」
トキヤはそれを受け取り、ハサミで包装紙を止めているセロテープを切っていく。
何重にも巻かれた包装紙を見ながら、トキヤはやけに豪華なラッピングだと首を傾げた。
お祝いなどに贈るならまだしも、ただ渡すだけにしては手の込んだラッピングがされている。
「そういえば、まだ理由を聞いていないんですが」
「あ、HAYATOが主役のドラマが始まってるね」
レンは唐突に言い、トキヤのベッド横のテレビを付ける。
その途端、テレビからHAYATOの声が聞こえてきた。
「この前クランクアップしたんだって? ドラマの公式サイトのブログに書いてたよ」
「……らしいですね」
トキヤはあのカサブランカの花束を抱いた写真をスタッフに撮られていた事を思い出し、横目でレンを伺う。
公式サイトのブログはチェックしていないが、もしあの写真が掲載されていれば、レンはきっとHAYATOが抱いた花束と、トキヤが『バイト先で頂いた』と説明した花束が全く同じものだと気づくだろう。
『HAYATOから貰った』と言えばよかったと後悔するが、レンはそれ以上何も言わずにテレビを見ている。
全てのラッピングを外してから、ベッドまで戻って今度こそ花瓶を手に取った。
レンはトキヤを見るが何も言わない。
トキヤも何も言わず、花瓶に水を入れるために洗面所へ行く。
そして戻ってくれば、レンは先程までトキヤが座っていた椅子に座っていた。
テレビはいつの間にか消えている。
「何なんですか?」
彼の意味が分からない行動にトキヤは顔をしかめた。
平素からよく分からない男だが、今日は一段と訳が分からない。
「別に」
レンが視線を合わせず、素っ気ない声で言う。
『別に』と言われてしまえば、『ねえねえどうしたのレン、様子がおかしいよ? 何かあった?』と音也のように聞ける性格をしていないトキヤは黙るしかない。
彼に突き離されたようで胸が痛む。
水を入れた花瓶にまず3本のカラーを挿し、水中で茎を斜めに切っていく。
トキヤがレンのせいで椅子に座れずに立ったまま作業をしていると、レンが膝を叩いた。
「ここ、座ってもいいけど?」
「……座りません」
たった今の態度と打って変わって、兄貴ぶった言い方をするレンに安堵したトキヤは微かに笑った。
そして、何故かじっと見つめてくるレンに訝しげな視線を送ってから作業を続ける。
少ししてカスミ草も全て茎を水中で斜めに切り終えた後、トキヤは花瓶から手を抜こうとしたがふと手を止めた。
手が濡れているが、タオルが近くにない。
レンがトキヤの様子に気づいて、笑いつつもティッシュを取ってくれた。
「すいません」
そう言って受け取ろうとしたが、彼はトキヤの右手を取ってティッシュで水分を拭い始める。
やけに親切にされて、何だか慣れずにレンを見つめた。
その視線に気づいた彼が顔を上げたけれど、すぐに俯いてしまう。
言うべきかどうかを逡巡した後に、意を決してトキヤは口を開く。
「レン、今日のあなたは何か変ですよ」
「そうかい? そんな事ないけどな」
レンはそう言って、丸めたティッシュをゴミ箱へと投げ入れた。
トキヤの手はもう既に乾いた状態になっている。
本人は『そんな事ない』と言うが、どう考えてもおかしい。
いつもより落ち着かない様子だ。
そういえば、トキヤが花束をくれる理由を聞くたびに話を変えられている。
という事は理由を聞かれたくないのかもしれない。
やっぱり女性に突き返されたのかと思いながら、どうすれば花がなるべく綺麗に見えるかを考え始める。
「……イッチーは花が似合うね」
「そうですか?」
テーブルに頬杖を突いたレンが呟くように言ったが、自分では分からない。
一応は誉めてくれているのだろうと思うと、少し照れくさかった。
「写真撮ってあげようか?」
ポケットに手を入れて携帯を取り出したレンが目を細めて笑う。
「嫌ですよ」
「アイドルなんか写真を撮られるのも大事なお仕事なのに?」
「それとこれとは話が違います」
仕事で写真を撮られるのと、プライベートで撮られる写真は全く違う。
トキヤはレンに背を向けて花を触り続ける。
メインのカラー3本を中心に置くのはいいとして、まとめてしまうか少し離して活けるかで悩んだ。
レンが椅子から立ち上がる音がした。
「ほら、イッチー」
すぐ背後にレンが立ち、肩に手が置かれたと思った瞬間にシャッター音が聞こえた。
「……レン」
許可なくトキヤとツーショットを撮ったレンを睨むが全く効果はない。
トキヤの視線を意に介さずにレンは携帯の画面を見て写真を確認している。
「大丈夫だって、イッチーにも送っておくからさ」
「そんな話はしてません!」
そう言うと同時に机に置いたトキヤの携帯がバイブで揺れる音が聞こえてきて、トキヤは頭を振る。
「見てごらん。イッチーの口が少し開いてて可愛いね」
「そうですか、よかったですね」
レンのいつもの病気に、トキヤはため息交じりに相づちを打つ。
彼がトキヤに向かって『可愛い』と言うのは今日に始まった事ではない。
思い出せば、前にここへ来た時もそんな事を言っていた。
いちいち真に受けて反応していては身も心も持たないと学習した為、トキヤはその言葉を聞き流していた。
けれど、聞き流しているつもりでも、その言葉を聞くたびに心は冷静さを失った。
またかと思いながらも、恥ずかしいような、嬉しいような気持ちになる。
その度に、トキヤは『なんでもありません』という態度を演じなければならなかった。
男から男への言葉なのに、どうしてそう思うのかは未だに分からない。
「イッチー」
少しの間沈黙していたレンがトキヤに呼びかける。
「何です?」
「カラーの花言葉が何か知ってるかい?」
「いいえ、何て言うんですか?」
また下らない事を言うのだろうと思っていたが、少し興味の引かれる話題を口にしたレンを振り返る。
椅子に座っているレンはいつもの飄々とした笑顔ではなく、真面目な顔をしていた。
「まあ、花言葉なんていくつもあるんだけどね。……乙女のしとやかさって言うのと、素晴らしい美、夢のように美しい、凛とした美しさ、それに、夢のような恋なんて言葉があるんだよ」
「そうですか……。確かに美しい花です」
端正な白い花を見つめ、トキヤが頷く。
「それで」
レンが一度話を区切る。
何かを言い淀む表情をしている彼を無言で見ていると、ゆっくりと立ちあがった彼がようやく話を再開した。
「その花言葉がイッチーっぽいなと思ったから、その花にしたんだ」
「……余り物の中からですか?」
「また勘違いしてるね……。これは余り物でも、レディに返品されたんでもなくて、俺がイッチーにあげようと思って選んできた花束だよ」
「それは……、ありがとうございます」
トキヤはそう言いながら、自分の鼓動が速くなるのを感じた。
レンが自分の為に選んできた花だと思ってそれを見ると、花への愛しさが増した。
長持ちさせるために延命剤を買ってこようと内心で決める。
髪を撫でて気持ちを落ち着かせようとしていると、レンもトキヤの髪に触れた。
優しい手つきで、トキヤの前髪を掻きあげる。
落ち着かせようとしていた気持ちが更に高ぶった。
「俺と付き合ってよ、イッチー」
レンの澄んだ双眸がトキヤをまっすぐに見つめている。
一瞬間を開けてレンの言葉の意味を理解した瞬間、トキヤは顔が一気に熱くなった。
これも、いつものからかいの言葉だろうか。病気が悪化したのかもしれない。花束を渡してきた所から全て。
そんな事を考えながら言葉を失っているトキヤにレンが困ったように笑いかける。
「言っとくけど、俺は本気だよ。からかってる訳じゃない」
「そ、そうですか」
何とか声を絞り出したが、消え入るような小さな声しか出なかった。
何と言えばいいのか分からない。
選択肢は『はい』と『いいえ』のふたつしかないが、どちらも選べない。どちらを選んでいいのか分からない。
付き合う? レンと? からかってはいない? 言葉が頭をぐるぐると回る。
「俺の事、好き?」
「……その」
もちろん嫌いではないが、なら『好き』という事になるのだろうか。
「俺はイッチーの事、好きだよ。愛してる」
レンの指先がトキヤの頬を撫でる。
きっと顔中に感じている熱は彼にも伝わっているだろう。
優しく微笑んでいるレンを見ていられなくて、トキヤは視線を落とす。
今まで、レンに対してどんな感情を抱いてきたのかを振り返る。
花束を貰って嬉しかった。
その花束が他の女性にあげるものかと思うと苛立った。
可愛いと言われるたびに何だか心が浮かれた。
突き離されたと思った時には胸が痛んだ。
『さっさと帰りなさい』と言いながらも、ふたりで同じ曲を聞けて楽しかった。
今までに誰かに対してこんな感情を抱いた事がなかった為、何と言う名前が付くのかが分からなかった。
ただの『友情』という名前だと思っていたけれど、音也にも翔にも感じない物を多々感じる事があるのが不思議だった。
レンに『友情』を感じていたのはきっと一時期だけだ。
それ以降はずっと違う名前が付いていたのだろう。
自分の中で出た結論と感情の名前を知ったトキヤはますます頬を熱くした。
「どう?」
まるで答えが出たのが分かっているように、レンは促す。
「俺の事好き? 俺と付き合ってくれる?」
選択肢は本当にふたつあったのだろうか。
そう思いながらも、トキヤは答えを口にした。
「……はい」
目の前のレンが心から嬉しそうに笑ったのを見て、トキヤも自然と微笑んでいた。




玄関のチャイムが鳴り、トキヤはインターホンで相手を確認する事なく玄関へと赴いた。
「やあ、イッチー」
「……」
解錠してドアを開けると、予想通りレンが立っていた。
その手には大きな花束がある。
背中に回されてはいるが、隠し切れていないそれを見つめる。
「とりあえず、中に入っていいかい?」
「……ええ、そうですね」
トキヤは塞いでいた進路を開けて、一足先にリビングへと戻った。
トキヤがひとつしかなかった選択肢を選んでレンと付き合い始め、そして早乙女学園を卒業し、シャイニング事務所に所属してからもう何年も経っていた。
2時間前に仕事を終えて事務所の寮へと帰ってきていたトキヤはレンにねだられて夕食を作って待っていた。
廊下を歩きながらレンを振り返る。
「ドラマ、今日がオールアップだったんですか?」
「いや、まだだけど」
なら、何故そんな大きな花束を持っているのだろう。
一度自分の部屋に帰って置いてくればいいのにと思いながらも、口には出さなかった。
家に来る時間が知らされていたので、リビングのテーブルにはもう料理を盛った皿が並べてある。
「手は洗ってくださいよ」
「はいはい」
レンがすぐに椅子に座ろうとした事に気づき、トキヤは注意する。
彼は花束を持ったまま洗面所へと入っていった。
先に椅子へと座り、トキヤはふと微笑んだ。
レンからカラーの花束を渡されて告白された日が鮮明に蘇る。
懐かしさに目を細めていると、レンが戻ってきた。
彼は向かいの椅子に座らず、トキヤの横まで来る。
「何です?」
花束に思わず目をやりながら僅かに首を傾げた。
「はい、イッチー」
「……はい」
その花束が差し出されて、自然と受け取った。
あの日のカラーの花束よりずっと大きなものだ。
顔を近づけなくても花の香りがする。
大輪の薄い紫のバラをワインレッドのバラが何本も束ねてあり、2本の白いカラーも添えられている。
誕生日でも記念日でもないのに、何故これをくれるのかとトキヤは不思議に思った。
「またイッチーが変な事考えて納得する前に言うけどさ」
「はい?」
トキヤは花束越しにレンを見る。
「これ、イッチーの為に買ったものだよ」
「……ふふ、分かりました。ありがたく頂きますよ」
トキヤの思考に先手を打つレンに、小さく笑う。
別に理由などいらないかもしれない。
レンが花束をくれると言うなら、トキヤはそれを受けとって少しでも長く綺麗に咲かせるさせるために努力をするだけだ。
花束を抱いている手にレンの手が重なる。
「バラの花言葉は知ってる?」
「……いいえ?」
本当は知っている。
けれど、トキヤは微笑みながら首を振って見せた。
レンはトキヤの考えを見透かしているようだが、それでも誘いに乗ってくれた。
「愛情、さ。カラーの花言葉は?」
「さあ、忘れてしまいましたね」
トキヤがとぼけて見せてもレンは咎めずに調子を合わせる。
「凛とした美しさ。もう忘れちゃダメだよ、イッチー」
「ええ、分かりました。覚えておきましょう」
そう答えれば彼は満足げな表情をした。
それから姿勢を正し、トキヤの手を握る。
「俺と結婚しよう、トキヤ」
トキヤは花束を取り落としそうになったが、寸でのところで持ち直した。
目を丸くして見つめるトキヤにレンが触れるだけのキスをする。
「もちろん、からかってなんかいないよ」
真摯な目を見ればそれはよく分かる。
しかし、突然の言葉に言葉が出てこない。
「……結婚?」
何とか出てきたのは繰り返す言葉だけだった。
レンが確かに頷く。
握られた手に力がこもる。
「もちろん、残念だけど本当に結婚はできないさ。だけど、俺はトキヤとずっとふたりで生きていきたい。これから先、何があってもトキヤの側にいたいし、トキヤに側にいてほしい」
あの日と同じように、レンの青い目はトキヤだけを見つめている。
「どう? トキヤ、絶対に幸せにしてあげるさ」
ずっとふたりで生きていく、何があっても側に。絶対に幸せに。
トキヤの頭で彼の言葉が巡り、心にしみこんでいく。
今回も、選択肢はたったひとつしかなかった。
もしかすれば、もうひとつはちゃんとあるのかもしれないが、トキヤには最初から必要がなかった。
トキヤがレンの手を握り返し、瞳を見つめ返す。
「はい。……私にはあなたしかいませんよ、レン」
「そうだと思った」
軽口を叩いたレンにトキヤは求婚の花束を手にしたまま抱きつき、キスをした。
トキヤの胸に溢れる愛と幸福を少しでもレンに伝える為に。