One and Only
トキヤを一目見た時、初めてこんなにきれいな顔のヤツを見たと思った。
輪郭の整った小さな顔を覆う肌は真っ白ですべすべしてる。
ちょっと冷たい感じのする切れ長の目は青灰色で夜のきれいな海の色、上下の瞼にはなっがいまつげが隙間を開けないように一本ずつ丁寧に並んでて、その上に走る二重のラインは細心の注意と共に引かれてた。
鼻は高くてスッとしてるし、薄く色づいた唇は何かの花の花弁みたいだ。
髪の毛だってサラサラしてて、跳ねてるけどそれが寝癖じゃないって事は俺にも分かった。
テレビに映るHAYATOと同じ顔だけど、HAYATOはどっちかっていうと可愛いタイプだ。
ジッとキレーな顔を見てると、嫌そうな顔をしてそっぽを向かれて、せっかくの顔なのにもったいないなと思った。
それで、人からめっちゃくちゃ怒られたのも初めてだった。
そりゃ、母さんとか、施設の先生とか学校の先生に怒られた事はある。
だけど、そういう人たちに怒られても、それがその人たちの役目なんだから当たり前だ。
でも、友達から面と向かって「どうして部屋もまともに片付けられないんですか」とか「音也、課題はやったんですか? ……まだ、ですって? 提出日は明後日なんでしょう! 明日泣いても知りませんからね!」「さっきから何なんですか、そのギターは! 楽譜を無視するのはいい加減止めたらどうですか?」「どうしてあなたはそうやってピーマンを残すんですか、栄養が偏りますよ!」……例を挙げればきりがないから、以下略。
そんな風に怒られた事なんて一度もない。
初めてトキヤに怒られた時はビックリした。
ぽかーんとして、部屋を片付けろって怒るトキヤを口を開けて見てたら、「聞いてるんですか!」って更に怒られた。
そんな事言われたって、友達から怒られるなんて初めてだから頭に入ってこない。
こんな奴もいるんだなあって気持ちでいっぱいだった。
同じ部屋なのに、怒っている時以外には何してるのか分からないのもトキヤが初めてだった。
施設では、「今日学校でこんな事したんだ〜」「今からクラスの奴と野球してくるんだ〜」「今あの芸能人が好きなんだ〜」なんて事を皆で喋ってた。
なのにトキヤは、同室生活の最初の朝を迎えた瞬間からもういなくなってた。
あれっ? 授業にはまだ十分間に合う時間だよね? もう準備して行っちゃったの? おはようって言おうと思ってたのになあ……。
ま、いっか。明日の朝言えば。
なーんて気楽に思ってたら、次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、以下略。
とにかく、俺が起きた時にはいつもトキヤはもういなかった。
じゃあ、「ただいま〜」って言おうと思いながら部屋に帰るとトキヤはいなかった。
まあSクラスだから授業が長かったり、自主練とかしてんのかなって思って、「おかえり」って言う為にずっと待ってたけどずぅっと帰って来なかった。
えっ、もう8時だよ……9時……10時……12時……。
結局「おかえり」も、それどころか「おやすみ」すら言えずにその日は眠った。
もちろん目覚めた朝でも、「おはよう」「いってらっしゃい」「いってきます」の三大用語が言えず。
そんな日が3回続いて、仕方なく学校でトキヤを捕まえた。
「トキヤって朝も夜もいないけど、何してんの?」
「バイトです」
問い詰める俺に、トキヤはさらりと答えた。
バイトなら一体何時間拘束の何時間労働してんの? なんだっけ、忘れたけど、何とか法律は守ってんの?
そう言えば、「アイドルになればそんな事は言ってられませんよ」だって。
まあ、確かにそうかも知れないけどさ。
テレビでもアイドルは休みがないって言ってるし。
「じゃあ、何のバイトしてんの?」
「教えません」
「……あっそう。今日は授業で何した?」
「Aクラスのあなたには関係ないでしょう」
「……芸能人だと誰が好き? やっぱりHAYATO?」
「それだけはあり得ません」
結局、トキヤが忙しいバイトしてる事と、HAYATOを好きじゃない事しか分からなかった。
本当、何してんだか。
でも、しばらくして分かった事がある。
トキヤみたいにものすごい努力家だ。
俺がレコーディングルームとかレッスンルームの予約を取ろうとすると、いっつも予約表にはトキヤの名前がどこかにあった。
時々部屋にいる時だってトキヤがダラダラしてたり漫画読んで笑ったりする事はなくって、机に向かって五線譜を読んだりペン走らせたり、課題やったり、小説読んだり。
CD聞く時とか映画を見る時なんかもものすごく真面目な顔して集中してる。
「……その映画、俺は面白いと思ったけど面白くない?」って聞けば「面白いですよ。主演の方の役作りが素晴らしいので参考になります」だって。
そう言う事言ってるんじゃないんだけどな。
そうやってトキヤは、歌の練習も演技の練習も毎日欠かさない。
俺に比べたら歌も演技ももう十分上手いと思うんだけどね。
後は、トキヤって顔もキレーだけど、腕とか足とか細い。
体重聞いたら、59キロらしい。
あれ、俺の方が身長4センチ低いのに、体重60キロなんだけど。
BMIってのを計算したら、18.4で痩せてる判定。標準体重は70.5……どんだけ痩せてるんだよ。
まあ、そういう体質なのかなと思ってたけど、たまにトキヤと食事をすると本当に足りてんのかって聞きたくなるくらいに食事の量が少ない。
実際に聞くと「足りてます」。
……足りてるんならいいけどさ。
それと、クラスの奴から聞いた話だけど、トキヤは早朝、多分バイトの前、ランニングをしてるそうだ。
その話を聞いて、俺は気付いた。
もしかして、トキヤが細いのってダイエットしてるから?
そう言えば、トキヤって何かパックとかしてる。
その後には乳液とか美容液とかつけてさ。
ダイエットとか、パックとかいろいろしてるから、トキヤって細くてきれいなんだってようやく気付いた。
元から上手なものを、きれいなものを、じゃあそれでいいや、もういいやって終わらないで、もっともっとって整えていく手を止めない。
そんな奴を俺は初めて見た。
さっきも言ったけど、トキヤはよく怒る。
「課題やれ」「部屋片付けろ」「ピーマン残すな」。
うるさいなーって思うことはある。
だけど、本当はその通りだって分かってるから、課題やりますかーって取り組むと、分かんない事がある。
なんだっけ? 林檎ちゃんが言ってた気もするけどなあ……。
って思いながら振り返ってトキヤに聞く。
すると、またトキヤが怒る。
「授業に真面目に取り組みなさい」「教科書を見なさい」。
でも俺が「教えてーっ!」てお願いすると、文句を言いながら丁寧に教えてくれる。
優しく教えてくれる! ……とは、ナイフで脅されたって言えないけど、でもトキヤは優しい。
俺を怒るのも、俺の事を思ってだ。
俺がどうでもいいなら、課題やってなくたって放っておけばいいよね。
ピーマン残そうが好きにさせるよね。
だけど、トキヤは部屋にいる時はよく怒ってくれる。
勉強もお願いすれば教えてくれる。
俺が腹を出して寝てると、毛布が掛かってる。
きれいな顔と落ち着いた態度のさいで冷たそうに見えるけど、全然素直には優しくしてくれないけど、それでも優しい。
優しい奴にはたくさん会ったけど、人に優しくされて胸の奥が熱くなるのはトキヤが初めてだった。
こんなに馴れ馴れしい奴は音也が初めてです。
入学して数日は仕事のために顔を合わす事すらありませんでしたが、ある夜初めて部屋で居合わせた時、私の所に来て「トキヤぁ! よーやく部屋で会えた……。俺ずっと寂しかったんだから!」などと言いながら抱きついてきました。
まさか抱きつかれるだなんて思っても見なかった私はしばらく呆然としていましたが、頭を肩に擦り付けるように押しつけられたところで我に帰って引き剥がしました。
それでもあの男は手を伸ばしてきて、人の顔をべたべた触りながら「やっぱりトキヤの肌ってすべすべ〜。顔ちっさいよね〜」などと抜かすのです。
毎日気を使っているのですから当然です。
……ではなくてですね。
とにかく、それ以降もずっと「トキヤ〜」だなんて気の抜けるような声で人の名前を呼びながら、私に抱きついたり触れてきたりしがみついたり撫でてきたり擦りよってくるのです。
馴れ馴れしいにも程があります。
それだけでなく、こんなに他人に巻き込まれるのも、音也が初めてです。
私が、ああしなさい、こうしなさいと叱れば音也はそうします。
しかし、最終的には何故か私までそうしている事が多いのです。
課題をしなさいと言えば、「ねーねー、これってどういう事ー?」から始まり、最終的には最後の一問まで私が解説している。
ギターを弾くのなら上手くなりなさい
と言えば、共に弾いたり、合わせて歌うことになる。
部屋を片付けろと言えば、ゴミをまとめているのは私の役目になっている。
何故音也のことに私も付き合わなければならないのか、今日こそは手伝わない関わらないと誓っても、結局は同じ道を辿るのです。
しかし、音也のギターと歌の技術は正直に言えば抜き出ている訳ではありません。
バカっぷりは抜き出ていますけどね。
それはさておき、私には到底敵わないような技術の音也ですが、彼の歌を聞いていると、何故だか酷く焦りを感じるのです。
きっと、彼の歌には私が持っていない物ばかりが詰め込まれているからです。
音楽を楽しむ気持ち、歌う喜び、歌詞への心からの共感……。
技術は無くても気持ちがある。
そして、この学園は、いえ、世間は気持ちの方を取ることを分かっているからです。
私は他人の歌を聞き、初めて敵対心を持ちました。
音也にそんな敵対心を抱く一因には、彼がHAYATOに似ているせいもあるかもしれません。
私があの紫のストライプのジャケットを着て、カメラの前で「おはやっほー」などと言っている時と同じ言動をするのです。
いつも笑顔で明朗活発に、人懐こく、物怖じせず好奇心旺盛に。
HAYATOのキャラ設定と同じ性格をしている音也を見ていると、私は腹が立つことも落ち込むこともあります。
今までに何人もの人に会いましたが、あそこまでHAYATOそっくりな者には初めて会いました。
しかし、そっくりとは言っても、HAYATOの笑顔も輝きも、所詮はHAYATOの要素を本当は一つも持っていない私が必死に作り出した偽物です。
偽物はあくまで偽物であり、真に輝けはしない。
けれど、音也のそれは本物です。天性の物です。
私が台本や設定を考えに考えて発言する言葉や仕草を、音也は思ったままに振る舞ってそうする。
彼がバカなのは、頭を使う必要が無いからかもしれませんね。
心の通りに動くだけで音也はきらきらと輝いて、人を魅了して離さないのですから。
音也ほどに眩しく輝く者に会ったのは初めてです。
何でだろう。
どうして最近、こんなに後ろのトキヤが気になるんだろう。
トキヤがちょっと動くだけで気になるし、俺に話し掛けてくるだけで用件が何だったとしても嬉しい。
きれいだと思ってた顔は前よりずっときれいに見える。
トキヤに「トキヤ、最近きれいになった?」って聞いたら、早口で「バカなこと言わないでください!」だって。
怒られるのも、普段忙しいトキヤに構って貰えてる貴重な時間だと思うと苦にならない。
むしろもっと怒ってくれていいよ。
その間、俺は俺を見ているトキヤの目を見つめてるから。
本当、トキヤって何してるんだろ。
バイト先くらい教えてくれればいいのに。
そしたら俺も一緒にバイトできるかもしれないのにさ。
朝早く起きて深夜に帰ってくる生活で大丈夫かな。
いつか倒れなきゃいいけど、心配だな。
でもそんな生活の中でも努力する手を休めないトキヤは心から尊敬する。
休む暇もなく練習もするしパックもする。ご飯も少なく、ランニングも。
健康のために半身浴で長風呂もする。
……風呂の時間削ってたまにはゆっくり寝たら、とも思うけどさ。
する事がたくさんある自分の事でいっぱいだろうに、トキヤはやっぱり俺に優しくしてくれる。
勉強も教えてくれる、アドバイスもかれる、手伝ってくれるし、時々夕飯も作ってくれる。
俺が風邪を引いた時は、体調管理がなんとか言いながらしっかり看病してくれた。
でも、トキヤって誰にも優しいのかな。俺だけにじゃなかったりする?
そんな風にトキヤの事が気になって仕方ない。
それに、トキヤにもっともっと抱きついたり髪に触ったりほっぺに触りたいなあって最近よく思う。
あー、何でなんだろ。
本当にあの男は馴れ馴れしいですね。
距離感が無い奴だとは思っていましたが、まさか私の心の中にまで踏み込んでくるとは……。
べたべたと体にくっついてくるだけでは飽きたらず、心にまで触ろうとしますか。
早急に止めてほしいものです。
それに、音也に巻き込まれてギターを共に弾いたり歌う時、楽しげに笑う顔を見ると、つい私も微笑んでしまうのです。
自分でも知らない間に感情を巻き込まれるなど、冗談じゃありません。
更に悪いことに、敵対心をあんなにも掻き立てた音也の歌を聞くと、最近ではそんな事を少しも思わなくなりました。
いえ、負けないように努力しなければ……という気持ちはまだあるのですが、それを上回るのが、いい歌だと認め、ずっと聞いていたいと思う気持ちです。
モニター越しに見た音也の歌う姿が、部屋で気ままに歌う姿が、心から離れません。
いい加減出て行ってくれませんか?
迷惑な男ですね、本当。
しかし、HAYATOに似ていると思っていたのは訂正しましょう。
HAYATOは設定が書かれた紙のように薄っぺらな笑顔しか浮かべられませんが、音也は苦労を重ねてきた上であんな風に笑い、振る舞うのです。
それなのに、「似ている」と言ってしまうのはさすがに失礼でしたね、すみませんでした。
太陽のように輝いて笑う音也の魅力は、ええ、正直に認めます。
しかし、私の心に居座っていいとは言っていません!
あと、抱きついてきたりするのもいい加減に止めてほしいですね!
何故だか知りませんが、音也のいる心が落ち着かなくなるんですよ。
本当に何なんだろう、これ。
こんな事になるなんて理解不能ですね、全く。
こんな気持ち、トキヤが初めてだし唯一だよ。
他人が私の心に踏み込んでくるなんて、音也が初めてで唯一ですよ。
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