猫カフェレポート!


「はい、本番入りまーす。5、4……」
周りが慌ただしく動くのをよそに、俺は床に置いてあったふかふかのクッションにただ座って、ちょっと離れたところにいる猫に手を伸ばした。
黒い毛並みが綺麗なその猫は俺の指先に鼻を寄せてヒクヒクと匂いを嗅ぐ。
鼻に触れると、濡れててひんやりと冷たかった。
「名前なんてーの?」
話しかけてみるけど、しっぽが左右に揺れるだけでもちろん返事はない。
壁に貼ってある紙を見てみれば、「いち君」って言うみたいだ。
一番最初に飼った猫だから、「いち」。
「俺も一十木って言うんだよ。それで、あいつもさ」
「OTOYAさん、もう来られますよ」
「はーいっ!」
側にいたADさんに声を掛けられて、この部屋唯一のドアに背を向けるようにして、いち君と向き合った。

「この扉の向こうにっ! 猫ちゃんたちがいるんだって〜! ドキドキするにゃあ……」
扉の向こうから明るくて俺の大好きな声が聞こえてきた。
一瞬間を置いて、扉が音を立てて開く。
「おっじゃましまーす! わああっ、ほんっとに猫ちゃんたちがいっぱ……あれっ!? なーんか見た事ある後ろ姿……」
その言葉を聞いて、俺は大袈裟に振り向いて大きく驚いた。
たった今部屋に入ってきた、水色のパーカーを着たHAYATOを指差す。
普段のトキヤとは全く違う表情や格好は何度見たって可愛い。
「HAYATOっ!? なんでここにぃ!」
「すみませーん、犬が紛れ込んでますよ。どこから来たんだろ。迷子の迷子の子犬ちゃんかにゃ?」
お店のスタッフの人に向かってHAYATOが真顔でそんな事を言いながら俺を示す。
「こらぁ! 人の質問にはちゃんと答えろぉ!」
「はいはい、まさかOTOYAにそんな事言われるなんてなあ。今日はぁ、2月22日! 『にゃんにゃんにゃんっ』の日だから、猫カフェにレポートしにきたんだよっ」
HAYATOは『にゃんにゃんにゃんっ』を付きあってる俺でさえも聞いた事が無いくらいのとびっきり甘い声で言う。
そう、今日、2月22日のおはやっほ〜ニュースのテーマは猫の日ということで「猫カフェ」。
いつもの第2スタジオを飛び出して、実際の猫カフェをHAYATOがレポートをするって内容だ。
ここでHAYATOと俺が会ったのはもちろんシナリオ通り。
この猫カフェは、6畳ほどの部屋に2つのソファーと1つの大きめなローテーブル、それに天井まで届くキャットタワーがある。
南向きの大きな出窓が特徴的だ。
今はまだ早朝だから日が差し込んでこないけど、お昼なんかは暖かそうだ。
猫はいろんな種類がいて、全部で10匹いるらしい。
10匹の猫たちはソファーを陣取ったり、出窓にいたり、キャットタワーのてっぺんからこっちを見下ろしてたりする。
「俺はここを怪人OTOYAの本拠地にしようと思って視察に来たところだ!」
「えー、また今度にしてよ。今日はボクがこの猫カフェをレポートするんだからさ」
胸を張って答える俺にまともに取り合わずにHAYATOが床に座る。
すると一匹の三毛猫がHAYATOの腰にすり寄った。
「ん? なあに? かっわいいねえ」
正しく猫なで声でその三毛猫の喉元をくすぐると、猫が喉を鳴らしながら「もっと撫でて」って言うみたいに顔を押し付ける。
同じ事を俺がやったら間違いなく引っ叩かれて説教だ……、照れ隠しの為なんだけど。
「何だとー! ちゃんとアポだって取ってるんだからな!」
「あれ? ボクもきちんと約束してここに来たんだよっ?」
「えっ」
「えっ」
HAYATOと視線を交わしてから、同時に部屋の隅にいるここの主人に目を向けた。
「……すみません」
苦笑いを浮かべた主人がぺこりと頭を下げる。
「って事はぁ、ダブルブッキング、かな?」
「今日はおふたりでお願いします」
「えーっ! HAYATOと一緒!? 絶対イヤだ!」
「ボクだってやだよっ」
HAYATOが顔をしかめて、ベーッと舌を出した。
つい、その舌に俺のを絡めてキスしたくなるのを堪える。
この番組で散々好きな事やってきたけど、さすがにそれをやると打ち切られてしまう。
「こうなったら勝負だ! 題して、『猫呼んじゃった!』ルールは簡単。多くの猫を呼べた方が勝ちだ!」
「そのタイトルださっ」
「文句言うな! ほら、おまえは向こう!」
俺達は3メートルくらい離れた場所に向かい合って座る。
かと思ったら、HAYATOは勢いよく立ち上がった。
「あっ、でもでもその前にっ!」
そんな事を言いながら、ドアの向こうに出て行く。
「なんだー? あいつ、何しに行ったんだ? ……いいか、おまえたち。俺が呼んだら、ちゃーんとこっちに来るんだぞ!」
部屋のそこかしこに点在してる猫たちを見渡すと、寝てたり、じゃれてたり、毛繕いしたりと自由気ままだ。
いち君も水を飲んでいる。
正直、呼んでもきっと来ないと思うし、リハでも来なかった。
「お待たせー!」
「ええっ! 何付けてるんだよっ!」
戻ってきたHAYATOの頭には黒い猫耳カチューシャが付いてる。
さっきも見たけど……ほんとにビックリするぐらい似合ってる。
すっげー可愛い。
夜もつけてくれないかな……。
ううん、絶対付けさせてやろっと!
「猫ちゃんを呼ぶには、ボクも猫になった方がいいかにゃあって思って」
頭の猫耳に触りながらHAYATOがカメラと向き合う。
「どうどう? ボク、ちゃーんと猫ちゃんになれたにゃん?」 
猫みたいに丸めた手を顔に寄せて、小首を傾げて、極めつけは上目遣い。
ここからじゃ横顔しか見えないけど、とっても可愛い顔してるって事はよーく分かってる。
台本に『めちゃくちゃ可愛く!!』って赤文字で強調されてたそのセリフと仕草を、数日前から鏡の前で練習してる姿を度々目撃してるからだ。
盗み見してる俺に何度か気づいた彼は毎回顔を真っ赤にして怒ってたけど。
それはともかく、HAYATOを映してるカメラマンさんがデレデレしてる。
あの人、HAYATOの事好きだからな。
レンズ越しにあんな顔見せられたら誰だってデレデレするに違いないんだけどさ。
さらに、HAYATOは近くのクッションに座っていたマンチカンを抱きかかえて「にゃんっ」と鼻を合わせてキスすると言うアドリブで可愛さをごり押し。
あー、あざとい!
ほんっとにあざとい!
この後すぐに家に帰って、真っ先に今録画してるおはやっほーニュースを見たいくらいあざとい!
……って内心では思ってるけど、本番中だからしっかりしないと。
「何でもいいから準備しろって」
「ほら、OTOYAも特別に付けていーよ」
HAYATOがどこからか取り出した白い猫耳カチューシャを俺に付けた。
頭の上に手をやると、三角のものがふたつ。
「えっ? あ、コラ、俺はいいって!」
台本にもリハでも無かった展開に本気で慌てる。
カメラに背を向けてるHAYATOが、俺だけに見えるようにニヤリと意地の悪い顔で笑った。
でもその上には猫耳だから可愛いんだけどさ。
「はい、『猫呼んじゃった』スタートッ! 時間は30秒だけだよっ」
俺の抗議を無視して、さっきの位置に座ったHAYATOが声を上げる。
外す訳にもいかないか……。
仕方なく猫耳を付けたまま、俺は手を鳴らした。
「おいでー、猫ーおいでー」
「にゃんちゃーん、かわいーね、おいでおいで」
俺もHAYATOも猫たちに話しかけるけど、やっぱり猫たちは見向きもしない。
一番近くを歩いてる白い長毛種の猫に手を伸ばして、舌を鳴らしてみる。
「おーい、こっち来てよ」
その猫は座り込んで俺をジッと見るけど、動く気配はない。
そうじゃなくて……。
俺もHAYATOもまだ0匹だ。
時間は後15秒。
「うーん……、こーなったら、奥の手だぁっ! ジャジャーン!」
HAYATOがポケットから猫のお菓子を取り出した。
「ほらほら、おやつだよー」
それを掲げると、猫たちが一斉にHAYATOを見る。
そして、寝てる奴以外全員がHAYATOに向かって行った。
食べ物の力が強いのは人も猫も一緒だ。
「そんなのありかよ! 反則だ!」
「えー、おやつを使うのはダメなんて聞いてないけど?」
たくさんの猫に囲まれたHAYATOがドヤ顔でこっちを見る。
「おいしーねー。お腹空いてたのかにゃ?」
「くっそー……。あっ、ほーらほら、猫じゃらし! 楽しいぞー!」
横にセットしてあった猫じゃらしを引っ掴んで、ふりふりと振ってみるものの、猫たちはHAYATOの方に夢中だから何の効果もない。
「お、おーい!」
「はい、30秒経ったよ! 結果は一目瞭然、ボクの勝ちー!」
ズームインするカメラにHAYATOがニッコリ笑いかけてピース。
あー、早く録画したの見たい。
「ほんっとに猫ちゃんかわいいにゃあ、にゃーんにゃんっ」
正座した膝の上に2匹、肩に子猫が1匹、足の周りに何匹もの猫を侍らせたHAYATOが語尾にハートマークをつけて、しかも蕩けた笑顔を浮かべる。
トキヤが滅多に見せないような笑顔だ。
だから!
あざといって!
言ってるだろ!
猫もそりゃもちろん可愛いんだけど、お前の方が可愛い!
「悔しーい! HAYATOに負けたーっ!」
俺は悔し泣きの振りをして床に蹲り、緩む口元を隠した。
怪人OTOYAがHAYATOを見てにやにやしてる様はテレビの前の子どもたちに見せられない。
「残念だったね! OTOYAって犬っぽいから猫ちゃんに怖がられたんだよー」
「どう考えても、お前がエサを使ったせいだろ!」
「じゃあ、この猫カフェの紹介をしまーっす。ここには10匹の猫がいて、自由に触れ合えるんだよ。こーんな風にねっ」
「次はドッグランで勝負だ!」
「OTOYAうるさいっ」
猫耳を付けたままのHAYATOの背後に忍び寄ってカメラにフレームイン。
すると、HAYATOが振り返ってしっしと俺を追いやろうとする。
「それで、お値段は1時間でワンドリンクがついて1000円からのプランがあるんだよ。このお店は猫ちゃんだけじゃなくて、ドリンクやスイーツにもこだわってて――」
カンペを見ながら、店のカフェメニューや猫の紹介をしたり、主人にインタビューをするHAYATOの邪魔にならないように、ソファーに座ってそれを見つめる。
HAYATOはもうお菓子は持ってないからほとんどの猫はあちこちに散らばって行ったけど、膝の上に1匹が居座ったまま香箱を組んで目を瞑っている。
そのキジトラの猫を優しく撫でながらHAYATOは喋り続けている。
昨日、俺がトキヤに膝枕してもらおうとしたら、速攻でソファーの下に転げ落とされたっけな……。
あいつ、動物には甘いからなあ。
密かに拗ねてる俺の隣にいち君が飛び乗って来た。
「おっ、いち君」
嬉しくなって名前を呼ぶと、いち君は膝の上に座った。
ここに来て、初めてのまともな猫との触れあいに舞い上がって、スタッフさんに「見て見て」とひけらかす。
HAYATOもそれに気づいて、「ああっ、1匹の黒猫ちゃんがOTOYAのところに!」と俺を指差す。
「はーっはっは! この猫は見る目があるな、特別に俺の飼い猫にしてやる!」
「あの、うちの猫なので困ります」
「あ、すみません」
アドリブでOTOYAらしい事を言うと、主人に冷静な突っ込みをされて謝るしかなかった。
HAYATOは肩を震わせて「怒られてるにゃー」と笑ってる。
笑ってないで、お前もこんな風に俺の膝の上に座ったりしてくれないかな……。
「……と、言う訳で今日のテーマ『猫カフェ』、でしたっ! みんな、ばいばいにゃあー!」
「明日は『ドッグトレーナー』!」
「嘘吐かないのっ!」
そのセリフを最後に収録が終了した。
お疲れ様の言葉が飛び交う。
スタッフと主人に声を掛けてからHAYATOが猫耳を取って、息をついた。
「えー、猫耳取っちゃうんだ?」
「だぁって、恥ずかしいんだもん」
HAYATOが顔を背ける。
その隣に行きたくて、いち君が膝の上にいる事も忘れて体を動かすと驚いたように軽く飛び降りた。
「あ、ごめんな」
「嫌われてるー」
「違うって。それよりさ」
まだ床に座ってるHAYATOの横に行って、もう一度猫耳カチューシャを付けようとすると全力で抵抗された。
「せっかく可愛いのに!」
「嬉しくないってば!」
こいつの早口は照れ隠しの証拠だ。
可愛いって言われて照れるとか、物凄く可愛い。
「ねえ、トキヤ」
トキヤの名前を呼ぶとものすごく嫌な顔をされる。
それを気にせずに、猫耳を付けたままの俺は彼に内緒話をした。
「……それ、夜も付けてほしい」
そう言って俺は、首を傾げて顔の横で手を握る。
「にゃん?」
更に上目遣いを送れば、顔を赤くしながらも俺の目を見つめた。
やった、これは文句を言いながらも付けてくれるパターンだ!
トキヤってほんっと俺にも甘いんだから。
そんなとこが大好きなんだけど、にゃんっ!