LOVE☆YOU




「舞台挨拶って初めてだからドキドキするなぁ……。そう言えば、お客さんってどんだけ来てくれてるんだろ!」
「この映画館で一番大きなスクリーンでやるんですけど、満席なんですよ。後、全国のライブビューイング会場の方もどこも満席だそうです」
「えっ、本当っ!? うわー、すっげー! それで、ここだけでも何人いるの?」
「およそ950人が見に来るようだ」
「950っ!? え、950って……何人?」
「1000から50を引いた数ですよぉ」
「そうだな……、ST☆RISHが158グループあるのとほぼ同じ数だ」
「うわあ、158グループのST☆RISHかあ。翔ちゃんが158人もいたらきっと楽しいでしょうね」
この人たち、何の話をしてるんですか。
音也と四ノ宮さん、聖川さんの会話を聞きながら思わず呆れてしまいました。
普段から聞いていてよく分からない話をしてる事が多い3人ですが、今回の話も意味不明です。
そんな事を話していないで、流れの確認でもした方が有意義だと思いますが。
「おい、158人の俺って普通に考えて気持ち悪ぃだろ!」
「そんな事無いですよ。僕、158人の翔ちゃんに囲まれたいです」
158人の翔……。
何人もの翔がこの控室を埋め尽くしている様子を想像すると、頭の中が一気に騒がしくなりました。
ひとりで十分ですね。
……もしかして、こんな事を想像する時点で、私にも不毛な会話が感染しているんでしょうか。
「……俺、158人のトキヤがいたらどうしたらいいんだろう」
音也がらしくもない重苦しい雰囲気でそう言いましたが、止めてください、私の名前を出すのは。
ここは無視しましょう。
向かいに座る音也からの真っすぐな視線に構ってもいいことはありません。
私は手もとにあるこの後の流れや、質問内容が書かれた進行表に目を落としました。
今日、公開初日を迎え、朝一番の上映をしている私たちの映画は終盤を迎えているでしょう。
その上映が終了した後に私達が初日舞台挨拶をする流れになっています。
「そうだね、オレなら全員のイッチーを平等に愛してあげるな」
「さっすがレン! そっか、平等に愛したらいいのか」
さっぱり意味不明です。
勝手な事言わないでください。
「トキヤ君が158人いたら全員に違うお洋服を着せたいです! ええっと、早乙女学園の制服と、コンサートの衣装と、HAYATOくんの衣装と……」
「イチコのセーラー服も頼む」
「うんうん、イチコちゃんってほんっとーに可愛いですもんね!」
「俺さ、イチコがフリフリのエプロン着てるシーン好きなんだ。だから、あそこの衣装もまた着てほしいな!」
ああもう、ほんっっっとうに! 不毛ですね!
私が158人もいる訳がないじゃないですか。
レンについているヘアスタイリストの方がさっきからずっと笑いを堪えてるじゃないですか。
今すぐその会話を止めてください。
レン以外のメイクとセットは終わっていて、この部屋にいるのはメンバー以外に彼女だけなのが唯一の救いですね。
「……にしても、まさか『まじかるイチコ』が映画化するとはなあ。しかもラスボスは社長だし」
私のイラつきを察してくれたらしい翔が話を逸らしてくれました。
後で牛乳でも買って差し上げましょう。
確かに、あの悪ふざけのような企画が本当にシリーズして毎週放送されることになり、更に映画化までするとは夢にも思いませんでした……。
映画は『通っている学園の校長である早乙女さんの正体が、実は真の敵だという事を知ったイチコたちが葛藤しながらも彼と戦う』というストーリーになっています。
監督と脚本、悪役をあのシャイニング早乙女が一挙に担っていることや、ST☆RISHやドラマ自体の人気もあって、前評判は良いようですが……。
これからの評判はどうなるんでしょうか。
「視聴者数と評判がぁ、毎回アップアップゥ〜! なのでぇ、映画化しちゃいマース!」
……音也、唐突に早乙女さんの真似をするのはよしなさい。
お茶を飲んでいた聖川さんがむせているではありませんか。
「マサ、大丈夫? って言われてから、あっという間に制作発表されて、すぐに撮影始まったっけ」
「ドラマの時よりも、イッチーのイチコちゃん姿がたっくさん見れてよかったよ」
レンがウインクをするのが横目に見えましたが、これも無視です。
セットし終えたヘアスタイリストの方がレンに確認を取った後、口元を押さえて退室して行きました。
こんな話を聞いていた彼女がどう思ったか……。
……バカとしか思えないでしょうね。
ああ、恥ずかしい。
「女装も、最初はもちろん恥ずかしかったけど、ドラマと映画の撮影しまくってたからもう慣れちゃったな」
「そ、そうかぁ?」
あっけらかんと言う音也に翔が戸惑う。
音也は大雑把なので、まともにとりあうだけ無駄ですよ。
私もそれでどれだけ苦労したか。
「ああ、特にクランクアップ前は1週間毎日女装していたからな。もう羞恥は感じない」
「そうですよね〜。翔ちゃんの可愛い格好も見られるので、ドラマもまだまだ続けたいし、映画の第二弾も是非やりたいです!」
「オレも、普段のオレとは違う魅力をレディ達に見せられるいい機会だと思っているよ」
「あっそう……」
……前向きですね。
少しは見習うべきでしょうか。
しかし、いくらなんでも女装は……。
「ねえねえ、トキヤは? イチコやっててどうだった? 女装慣れた?」
「慣れる訳が無いでしょう」
慣れません。
これから先、どれだけ女装しても慣れることはないと思います。
「その割には、撮影が始まると一番ノリノリだよね。そんなとこも可愛いけど」
「可愛いって何ですか? ともかく、私は仕事と私情を混ぜません。嫌だと思っていても仕事なら成し遂げるのみです」
「おまえのそのプロ精神、本当にすげーよな」
「これくらい当然ですよ」
翔とそんな会話をしていると、付けっぱなしにしていたテレビに愛島さんが映りました。
「あっ、セシルだ」
「セシル君、最近人気ですよねぇ」
「最初の『イチコ』の撮影が始まる前に、おっさんが『スカウトしてきた』って言って突然連れてきた時はビックリしたよ。それが、今じゃ他のテレビとかCMにも出るし、CDも出してるもんね。なんか嬉しいな」
音也が画面の中の愛島さんに暖かな視線を向ける。
いつだったか、愛島さんと音也の仲がよい事について音也と話していた時に、『弟みたいだから構いたくなるんだ』と言っていたのをふと思い出しました。
ST☆RISHの中では音也は最年少ですし、業界も年上の方が多いですから、珍しく年下である彼が可愛いんでしょう。
そう思っていると、ドアが開いて『イチコ』のスタンディが運ばれてきました。
「すみません。皆さん、こちらのスタンディにサインをお願いします」
「サイン? するするー!」
「でっかく書いてやろーぜ!」
音也と翔がワクワクとした様子で素早く立ち上がる。
スタンディの下の方には『まじかるイチコ』のタイトルロゴ。
イチコ姿の私を先頭に、それぞれの役の姿のメンバーが写っている立体的なポップです。
これが全国の劇場に置かれていたかと思うと頭が痛いですね。
今日から映画が上映される事を考えれば今さらの話ですが。
「なあなあ、どんな風にサインする?」
「うーん。それぞれの写真の部分にサインしていくとか」
「だけど、せっかくの6人での映画のサインですから、みんな一緒がいいです!」
「なら、主役のイッチーが中心で俺たちのサインが周りを囲むってのは?」
「……いや、こういうのはどうだ」
聖川さんが部屋にあったホワイトボードに私の名前を書きました。
それから、名前を囲むように上と左右、下に2つ、合計で5つの丸を書いていきます。
そして5本の直線で星を描くと、丸の部分がちょうど星の頂点になりました。
「一ノ瀬を中心に、この丸のところに俺たちがサインをする」
「おー! いー感じじゃん! なんかST☆RISHっぽいし!」
「俺のサインはもちろんてっぺんだな!」
「僕は翔ちゃんのお隣にサインしたいです!」
「ええっ、何だよそれ」
「翔ちゃんは右と左どっちがいいですかー?」
「だぁっ、分かったよ。じゃあ下のふたつが俺と那月な」
「俺は絶対トキヤの隣ー!」
「オレもイッチーの隣は譲れないね」
「……それなら、俺が上だな」
そして、好き勝手な会議を終えた5人からの「早くサインしろ」という視線が私に向けられる。
何とも言えぬ気分になりながら、黒のペンでスタンディの中央部分にサインをしました。
「次は俺!」
差し出される音也の右手にペンを渡せば「この辺?」と聖川さんに確認しながら、私の左隣の位置にサイン。
続けて、レン、聖川さん、翔、四ノ宮さんと順番にサインをし、音也が星を描きました。
「そうだ、どうせだしこの下に『ST☆RISH』って書こうぜ」
「あっ、それいい! はい、翔」
「サンキュー。翔のSっと……。ほい」
翔からペンを受け取り、Sの隣にTと描く。
次は『☆』ですね。
「星は誰が書きます? 私が書きましょうか?」
……どうして四ノ宮さん以外、視線を逸らすんですか。
口元に微妙な笑みを浮かべているんですか。
「…………レン、よろしくっ」
「という訳さ。残念だったね、イッチー」
「私だって星くらいなら描けます!」
ペンを奪おうとするレンを無視して、Tの隣に星を描きつける。
「……あー、よかった」
「なんだ、まだ普通じゃん。ちょっと傾いてるけど」
「ほら、イッチー。いい子だから、余計なものを描く前にそのペンを俺にちょうだい」
音也と翔の反応に苛立つ私を宥めるように、レンがファンに囁くような声で言いました。
けれど、そんなので誤魔化されませんよ。
「何だかムカつきますね」
レンの顔に荒々しくペンを押し付けました。
「トキヤは画伯だからなぁ」
翔は笑って言いますが、この場合の『画伯』は誉め言葉では無い事を知っています。
「トキヤくんの絵ってとっても面白いですよね」
絵に対する誉め言葉は『上手い』や『綺麗』などです。
絵が苦手なのは自覚していますが、そこまで酷いんでしょうか……。
「よし、無事にST☆RISHのサインも書けた事だし、これでいいだろう」
「……『無事に』」
『H』まで書き終えた聖川さんが呟いた言葉を繰り返すと、気まずそうな顔をされました。
その反応の方が心に来るんですが。
スタンディが再び運ばれて行くのと同時に、「それでは、移動お願いしまーす」と声を掛けられる。
「ドキドキするー! あー、何話そう」
「はあ? あなた、まだ考えてないんですか?」
「考えてる、考えてるって。俺、トキヤの事誉めまくるんだー。何て言って誉めようかなー」
「ST☆RISHのみなさん、移動お願いしまーす」
音也を咎める言葉を言いかけた瞬間にスタッフの方に呼ばれて、口を閉ざしました。
私の事ではなく自分の事を話しなさいと視線で訴えても、音也は気付きません。
「はーい! じゃあ、みなさん行きましょう!」
明るく言った四ノ宮さんが最初に控え室を出て行き、私たちも後に続きました。
四ノ宮さんの前はスタッフの方が先導しています。
壁に防音パネルが貼られた、2人がすれ違えるほどの狭さの通路を歩いてスクリーンに向かっていく。
「ほら、イッキを睨んで怖い顔するなよ」
レンの指に頬をつつかれましたが、却って顔が険しくなるだけです。
「そんな顔してると、レディ達がびっくりするよ」
「分かっています」
「何なら、おまじないを掛けてあげようか?」
「おまじない?」
小さな子どものような事を言うレンを、目を瞬かせて見つめれば艶やかな笑みが返ってくる。
「そう。ちょっとだけ立ち止まって、目を閉じてみて」
「はあ」
レンが何をやるのかが気になったので、私は彼の言うとおり足を止めて目を閉じました。
すると、頬にレンの冷たい手が突然触れて、驚いて後ずさろうとすると壁にぶつかってしまう。
……何だかレンが近づいてくる気配がします。
「あああーっ!! レン! 何やってるんだよ!」
音也の馬鹿でかい叫び声を聞いて目を開ければ、レンの顔はかなり近いところにありました。
慌てて手で顔を押し返すと、すんなりと離れていく。
その代わりに前を歩いていた音也がわざわざこちらまで戻ってきました。
「イッチーにおまじないを掛けてあげようと思って」
「おまじない? どう見たってキスしようとしてたけど!」
「ああ、キスのおまじないだよ」
「レン!」
どうして音也がそんなに噛みつくんですか?
レンのいつもの冗談でしょう。
「結構です」
「なんだ、残念」
「早く来ないかお前たち。遅れるぞ」
「ええ、すみません」
ふたりを促し、曲がり角のところで立ち止っている聖川さんの元に走ります。
進行を遅らせる訳にはいきません。
「もうすぐですよ」
先導の方が鍵を開けてドアを開くと、スクリーンが並んでいる通路に出ました。
関係者以外の姿はありません。
微かにキャラメルポップコーンの甘い匂いがする中、先程のスタンディが目立つ場所に置かれています。
舞台挨拶会場となるスクリーンの中に入ると、女性司会者の方の声が聞こえてきました。

「あっ! 今、こちらにST☆RISHの皆さんが到着されたようです!」
途端に沸き上がる歓声を聞きながらそれぞれの顔を見合わせて、ひとりずつマイクを受け取る。
私たちが歌う『まじかるイチコ』の主題歌のサビが流れ出すと悲鳴のような声が起きました。
「それでは登場してもらいましょう! 拍手でお迎えください、ST☆RISHの皆さんです!」
その言葉と入場の指示を受け、四ノ宮さんを先頭に聖川さん、音也、私、レン、翔と観客の前に出て行きます。
盛大な拍手と歓迎の声を受けて、音也が興奮した面持ちで笑いながら私に振り返る。
気持ちは分かりますが、大人しくしてください。
手を微かに動かして前を向くように指示すれば慌てて前に向き直ったので、そっと息を漏らしました。
「スクリーンに向かって右から、四ノ宮那月さん、聖川真斗さん、一十木音也さん、一ノ瀬トキヤさん、神宮寺レンさん、来栖翔さんです!」
スクリーン下にある壇上に登壇すれば、観客の方たちの大音量で響く黄色い声。
それに目が眩む程のフラッシュの嵐と明るく照らし出すスポットライト。
一息置いて、会場を見渡す。
まずは私からです。
「皆さん、こんにちは。ST☆RISHの一ノ瀬トキヤです。本日は『うたの☆プリンセスさまっ♪ まじかるイチコ -The Movie-』の初日舞台挨拶にお越しくださって本当にありがとうございます!」
私がマイクに向かって言えば、更に大きくなる歓声。
思わず笑顔が零れます。
ファンの方に喜んで頂けることはすごく嬉しい事です。
「みんな、こんにちはー! 一十木音也です! 今日はこーんなにたくさんの方に来てもらえてすっごく嬉しいよ!」
音也はあどけない笑顔ではきはきと喋りました。
「聖川真斗です。このスクリーンだけでも約950人がいると聞いて、心より感謝している」
聖川さんらしく、深く頭を下げる彼に「聖川様ー!」と声が上がる。
「みなさん、お元気ですかぁ? 四ノ宮那月です! ライブビューイングの会場の方たちも、見に来てくださってほんとにありがとうございますっ!」
四ノ宮さんが中継用のカメラに向かって語りかけて手を振る。
同じく手を振る音也が突然私の肩を抱いて、手を振るように促してきました。
そこにレンまで私にくっついてきて、彼がそのままの状態でカメラに投げキッスをすれば会場が沸く。
しかし、それだけではなくレンは私にもやれと示してきます。
ファンの方の目やカメラを気にせずに、隣でうんうんと頷いている音也とまとめて引き剥がしてもいいでしょうか。
「いや、無理です」
それを堪えて穏便に済ませようと、首を振りながらマイクを通さずに言っても、レンと音也は「早く早く」と唆す。
このやり取りに気づいた四ノ宮さんが、臆することなく投げキッスをしました。
真顔の聖川さんと笑顔の音也が後に続くと、その度に興奮したような声が上がります。
きっと中継先でもそうなっているんでしょう。
レンが右隣の翔に合図をすれば、断るだろうと信じていた彼まで照れつつも投げキッスをしてみせる。
何ですか、この流れ。
もうやるしかないじゃないですか。
「トキヤくーん!」と応援するような声も聞こえています。
「ほらほら、トキヤぁ」
「早くみんなにキスを贈ってあげなよ」
アイドルらしからぬ意地の悪い笑顔に挟まれた私はついに観念して、カメラに向かって小さく投げキッスをしました。
割れんばかりの歓声をどうもありがとうございます……。
ですが、もうしませんからね!
「イッチーもちゃんとキスをしてくれたところで……神宮寺レンです。会場のレディ達、所々に男も見えてるけど、映画はどうだったかな?」
笑いと「楽しかったー!」と返事が来る。
「来栖翔です! 主演全員が女装してるとか前代未聞過ぎる映画ですけど、楽しんでもらえたなら嬉しいです!」
「唯ちゃん可愛かったー!」というレスポンスには翔が「喜んでいいのか悪いのかわかんねーよ」と笑った。
「僕も唯ちゃん可愛かったと思います!」
「那月は黙ってろ!」
翔と四ノ宮さんの普段通りのやりとりにまた笑いが起きる。
司会の方は笑いながらも舵を取った。
「はい。それでは、イチコ役の一ノ瀬さん」
さて、撮影時の思い出話ですね。
言うことは当然決めてあります。
監督である早乙女さんの無茶ぶりの話をすることにしましょう。
全く……、CG無しに自力で変身してみろだなんて、無理に決まっているでしょうに。
「以外のみなさんに質問なんですが」
……頭に入れていた流れとは違いますね。
どういう事でしょうか。
「イチコちゃん、どうでしたか? 聖川さんからお願いします」
何なんですか、その質問!
聖川さんは一瞬面食らった表情を見せましたが、すぐに頭を切り替えられたようです。
「……そうですね。イチコは昔の女学生のようなおさげにメガネで膝下丈のスカートを履いているという格好で大和撫子のような奥ゆかしい雰囲気ですが、性格はそれとは全く異なるという人物です。そんなイチコを、何事にも手を抜くことがない、例え女装の役でもなりきることに心血を注ぐことができる一ノ瀬が演じたからこそ、彼女の魅力を引き出せたのだと感じます」
この中で一番まともな聖川さんが認めてくれると、自信が持てる気がします。
「イチコちゃん、本当に魅力的ですよね。では、神宮寺さんはいかがでしたか?」
「イッチーは見ての通り、普段から可愛いんだけど、イチコちゃんになるともっと可愛くなるんだ。あのスケバンみたいな喋り方やダーリンへの甘えた声を聞いてると、すごくドキドキするよ」
はい? 何言ってるんですか、この人。
喋り方がいいという事ですか?
演技を誉められているんですか?
「イチコちゃんの時は、一ノ瀬さんと声の高さはもちろん、話し方が全く違って印象的ですよね。次は四ノ宮さん、よろしくお願いします」
「はいっ。あの、イチコちゃんは不良さんみたいでちょっと冷たく見えるんですけど、すっごく仲間思いなんです。最初の音美ちゃんを助けるところなんか特にそうなんですけど」
あれ、めちゃくちゃ痛かったんですけど。
小声でぼやいてくる音也の脇腹を小突いて黙らせました。
普段からの恨みを籠めたので痛くて当然です。
「そういうところが演じているトキヤくんとそっくりなんですよ!」
不良さんみたいなところもですか?
というのは冗談ですし、特別仲間思いであるつもりもないですが、四ノ宮さんは嘘を吐く事が無い。
彼の目には、私はそう映っているのでしょう。
「性格が違うように見えるイチコちゃんと一ノ瀬さんにも共通点があるんですね。それでは来栖さん、お願いしますっ」
「えーと、さっきトキヤが言ってたんですけど、未だに女装する事に慣れてないそうなんです。……まあ、それは俺もなんですけど。それなのに、あの演技力! 女の子みたいな仕草……例えば、座った時に内またになってるとか、鞄を両手で持ってるとか、そういう細かなところを誰にも言われずにやれるところがすげーなあって尊敬してます。あれっ、これトキヤへの印象になってるな」
「おチビちゃんはしょうがないねえ」
「悪かったよ! ともかく、イチコは男がやってるのにちゃんと女の子みたいですって事で!」
男が女性役を演じるのですから、少し女性性を強調しすぎるくらいがいいんです。
それぐらい普通の事です。
けれど、尊敬していると言ってもらえるのは嬉しいですね。
「女性の私から見ても、イチコちゃんは細かなところまで女の子らしい仕草でした! ……では、最後に一十木さん、お願」
「あのっ、イチコちゃんはほんっとうにっ! 可愛いです! 最初見た時は『せっかくの女装なのに、なーんでこんな格好なんだろ』って思ってたんだけど、見慣れてくると、なんかもうすっごく可愛くって、あ、でもムチで叩かれるのはもう嫌なんだけど、ダーリンにお弁当作ってあげたりするところとか、鉄板料理作ってるところとか、後もちろん変身した後も可愛いです!」
司会者の言葉に被せた上に、みっともない程早口でまくし立てた音也に笑い声が起こっています。
あなたも何を言っているかよく分かりませんね。
「はい、一十木さんの言う通り、本当に可愛らしかったですよね。皆さん、ありがとうございました! 一ノ瀬さんはメンバーからのコメントを聞いてどう思われましたか?」
「そうですね……。よく分からないコメントもありましたが、イチコを誉めてもらえて嬉しいです」
左右のふたりを一瞥しながら話し続ける。
「この5人の支えがあったから、イチコを最後まで演じきる事ができたと思っています」
というより、1人ならまず受けていない仕事です。
「映画の中でも、歌のように息があった演技が素晴らしかったです! それでは、二つ目の質問です。皆さんの、この映画の好きなところはなんでしょうか? 一ノ瀬さんからお願いします」
「はい、私は曲が好きですね。私達専属の作曲家である七海さんという方が、主題歌はもちろん映画に使われたBGMを作曲してくださったんですが、どれも素晴らしいものでした。その曲のおかげで、映画も深みを増すことができたと思います」
「そうですね、エンドロールで主題歌の後に流れた曲なんか特に素晴らしかったです。来栖さんはいかがですか?」
「俺はやっぱり変身した後のイチコが大暴れするシーンですね。特に音也をムチでバシバシ叩いてる辺りが」
「だから、あれものすごく痛かったんだって!」
「ああ、音也は痛いだろなーとは思ってた。それで、あの後に音美に『だーいすきっ』て言われた後にイチコが照れて顔赤くしてる所はちょっとトキヤの素が出ててよかったです」
「では、叩かれていた一十木さんは?」
「俺もそこ好きっ! 目の前で見てて、もうっめちゃくちゃ可愛かった! 他に好きなのは、うーん、やっぱりイチコちゃんのキャラだなあ。音美に教科書を貸してくれてたり、那月も言ってたけど仲間思いだったり、ダーリン一筋だったりするところが好き。あっ! もちろんトキヤ自身も大好き!」
何でここで悲鳴が上がるんですか?
それはともかく、音也は屈託ない笑顔を向けてきている。
彼らしい率直な感想ですが、逆に何と言えばいいか分からずに戸惑いを感じました。
ファンやスタッフの方から頂く感想なら、微笑んで「ありがとうございます」と言えるんですが。
「オレも、普段から可愛いのにイチコを演じることでもっと魅力を増したイッチーが好きだよ」
「ああ、他の者が簡単に真似できないほどのあのなりきりようが俺は好きだ」
「僕もイチコちゃんみたいに可愛いトキヤくんがだーいすきです! あっ、もちろん唯ちゃんもですよっ」
「俺のことはいいっつーの」
「それで、おチビちゃんは?」
「おっ、俺か? 俺は、その」
「翔ちゃん、この前『弾けてるトキヤが見られて面白いし、演技の勉強にもなるし、イチコを見てるの好きだな』って言ってましたよね!」
「那月ー! バラすなーっ! ああもう、好きだよ!」
な、何なんですか。この褒め殺し。
私たちは互いのダンスや歌に至らないところがあれば遠慮なく指摘しあっているので、きっと本心からの言葉なんだと思います。
仲間から認められるというのは、何よりも嬉しい事です。
だけど、私は音也のように、嬉しい時に素直に「嬉しい!」と言える性格ではない。
レンのように相手を喜ばせる事も言えない。
「……あの、皆さん。脱線するのは止めてください。時間がありませんから」
それで、こんな事を言ってしまうんです。
ファンの方々の前だというのに、後悔のせいで心がひどく沈んでいくのを感じます。
「あのさ、みんな。みんなならちゃんと分かってると思うんだけど、トキヤはこう言いながら照れてるだけなんだよ。ほら、顔が赤いしさ」
「イッチーはツンデレだからね」
「そういえば、イチコちゃんもそうですよねっ」
素直になれない私をフォローするように、音也とレン、四ノ宮さんが笑顔で明るく言ったおかげで、会場の雰囲気が悪くなる事はありませんでした。
私の視線に気づいたレンがウィンクを投げかけてきましたが、控室で見た時とは違う気持ちを感じます。
「まあ、これ以上やると後で怒られちゃうから話に戻るけど、オレは、イチコが恋にどれだけ誘われてもスイーツクラブに入ろうとしないシーンが好きなんだ。イチコは役者に似て、頑固なところがあるんだよね。だけど、そういう子が『うん』と言ってくれた時の喜びはひとしおだと思うから、つい燃えちゃうよ」
「何だその経験談が混ざった話は。俺は鉄板料理部の場面のイチコが好きだ。実際に3人で料理をしながら撮影したんだが、夏樹が……その、料理のアドリブを頻繁に入れてな……。普段は取り乱すことのないイチコが俺を縋るように見る場面が特に好きだ」
「ええ! あそこはとぉっても楽しかったです! ドラマの方でもまた撮りたいですねー。僕はお話自体が好きです! イチコちゃんが苦しい場面を頑張って乗り越えて成長する姿が格好良くて可愛いんです!」
「皆さん、ありがとうございました! 最後に、来栖さんから順にコメントをお願いします」
「最初にドラマを撮影した時は、まさか映画化するとは思っていませんでした。これも、ファンの方の応援があったからです。ありがとうございました! トキヤも、主役を頑張ってくれてありがとな」
翔からの予想外の言葉に驚いて首を振りましたが、翔は笑うだけでした。
「言うべき事は全部おチビちゃんが言っちゃった。今日は観に来てくれて本当にありがとう。他のレディ達にも『レンが格好良くて、トキヤが可愛いかったよ』って宣伝しておいてね」
「……。この映画では、女装役という事に加えて、グループ全員で同じ作品に出演するという貴重な体験ができて、とても勉強になりました。ドラマの方は毎週続いていますので、よろしくお願いします」
レンに対して何か言うべきか迷ったものの、結局それには触れずに考えていた言葉だけを口にしました。
「これ、どんどん言うことがなくなるね。トリの那月は大丈夫かな? とにかく、俺たちの、特にトキヤの可愛い姿を観るために、また映画館に来てくれたらなあと思います!」
『特にトキヤの』の部分さえ無ければ、いいコメントだったんですが……。
「俺たちが心を込めて歌った主題歌や、先程一ノ瀬も言っていた、七海が手掛けたサントラも発売しているので、気に入ってくれたなら是非手に取って欲しい。一ノ瀬もよく微笑みながら聞いているんだ。今日は本当にありがとう」
確かにそうなんですが、まさかその事を暴露されるとは思っておらず、気恥ずかしさを感じました。
「音也君、気遣ってくださってありがとうございます。むしろ言いたいことはいっぱいですよ! 撮影をしていて、ドラマとはまた違った楽しさがあったので、第二段もやりたいです! 今度は翔ちゃんとトキヤ君にもっとたくさんの可愛いお洋服を着てほしいです!」
四ノ宮さんの願いに、翔と顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
「ありがとうございます! 映画の第二段にも期待したいところですね。それでは、今から『劇場版まじかるイチコ』のCMに使います映像を撮影させていただきます。一ノ瀬さん、よろしくお願いします」
「はい。皆さん、イチコたちが変身する為の呪文である『シャイニングプリンセスチェンジ、ドレスアップ!』と私達ST☆RISHが言った後に、同じ言葉を繰り返してくださいね」
「お手本で、トキヤが言った後、俺たちが繰り返してみせるからね! あっ、トキヤは思いっきり可憐に、可愛らしく、乙女心全開で叫んでくれるから!」
「っ……。ええ、ではいきますよ」
音也のアドリブを呑みこみ、左右のメンバーを見渡して一度呼吸を吸う。
「……シャイニングプリンセスチェンジ、ドレスアップ!」
そして、撮影の時と全く同じ調子で呪文を叫ぶ。
「シャ」
「トキヤ可愛いーっ!!」
4人の声を掻き消す音也の声。
それに続く観客と4人の笑い声。
思わず、音也に近づいて腹を殴ってしまいました。
また大きくなる笑いに、頭が痛みます。
「音也!」
「だぁって、トキヤが可愛かったからさあ」
音也は腹をさすりながら反論しますが、反論するならするでもっとしっかりとした理由を述べてください。
「これでは手本にならないでしょうが!」
「まあまあ、イッチー。落ち着いて」
「……すみません。皆さん、大変お見苦しいところをお見せしました」
「トキヤくん可愛いー!」
客席からの声に苦笑いを浮かべる私の代わりに、「オレも心からそう思うよ。よく分かっているね、レディ」と答えたレンを殴るのをなんとか堪えました。
「……気を取り直して、もう一度いきますよ。いいですね、音也」
「次はちゃんとするって!」
念を押すように音也を見据えてから、再び。
「シャイニングプリンセスチェンジ、ドレスアップ!」
「シャイニングプリンセスチェンジ、ドレスアップ!」
今度は、ちゃんと5人の声が重なりました。
「はい、観客の方達もこのようにお願いします」
起こる拍手を聞いた音也が得意気に笑いますが、これが当然なんですよ。
「それでは、ST☆RISHの皆さんは客席の前にお願いします。客席の皆さんは、席を立たないようにお願いしますね」
司会者の方の指示に従い、壇上から降りて移動する中、音也が「どうだった?」と誉め言葉を求めてきました。
ここで私が話を引っ張れば進行にも支障が出ると思い、彼の気を済ませる為に髪をくしゃりと撫でてやる。
それを見ていたレンが近寄ってきましたが、何故か不服そうな顔をしています。
「何ですか? その顔」
「別に? ただ、オレもちゃんと言えたのに誉めてくれないのかと思って」
「あなたまで音也みたいな事を言わないでください」
そう言っても、レンはまだ表情を変えないので、仕方なく手を伸ばして同じように髪を梳きました。
私より一つ年上なのに、何でこういう所は甘ったれているんでしょうか。
客席の前に少しずつ間隔を開けて並び、『イチコ』のタイトルロゴが印刷したプレートを持てば、準備は完了です。
振り返って一面を見渡しながら、観客の方たちにも準備を促します。
「皆さん、準備はいいでしょうか? 大きな声で、それにあのカメラに向かってとびっきり笑顔を浮かべてくださいね。ST☆RISHのメンバーは、『せーの』で行きますよ。……せーのっ」
「シャイニングプリンセスチェンジ、ドレスアップ!」
私たちの声の後に続く、観客の方たちの声。
声もしっかりと出ているようですし、これならCMに使用できるでしょう。
スタッフからもオーケーの合図が出ました。
「これで、『うたの☆プリンセスさまっ♪ まじかるイチコ -The Movie-』の初日舞台挨拶は終了とさせていただきます。もう一度、ST☆RISHの皆様に盛大な拍手をお願いします!」
振り返り、客席にくまなく視線を向けながら手を振って笑いかける。
「通路にはST☆RISHのサインが書かれた『まじかるイチコ』のスタンディが置いてありますので、お帰りの際に是非見て行ってくださいね。ST☆RISHの皆様、ありがとうございました!」
再び流れる主題歌、それに惜しみなく続く拍手と歓声を聞きながら、私達はスクリーンを後にしました。


「それで、一体どういうつもりですか?」
控室に戻り、一息吐いたところで他の5人を半ば睨むように見渡す。
「口を開けば私の名前ばかり……。確かに定義上は私が主役という事になっていますし、主役は立てるものでもありますが、自分の話そっちのけでされても嬉しくはありません。会場に来ていたあなた達のファンも、一ノ瀬の話ばかりだったと残念がりますよ!」
腕を組み、怒気を含めて言う私を見て、彼らは視線を交わしました。
「だって、しょうがないじゃん」
「何がしょうがないんです? 私は特にあなたに怒っているんですよ。トキヤトキヤばかり言って、最後のお手本の時にも邪魔をしたんですから!」
「一ノ瀬、落ち着け。一十木も悪気があった訳ではない。それに、俺も一十木の気持ちはよく分かる」
「そうそう。それに、主役のトキヤをたてようと思って言ったお世辞の言葉なんか無いからな。勘違いすんなよ」
「オレがイッチーの話をレディ達に聞いて欲しかったんだよ」
「そうですよ。僕たちはただ心のままに喋っただけなんです」
「心のままに?」
5人が大きく頷く。
そして、彼らは声を重ね、1000%の笑みでこう言いました。
「トキヤくん、だーいすきっ!」
――……ああもう、私だって、あなた達が大好きですよ!