君が大好き




 トキヤは何か誤解している。

 俺とトキヤと翔の三人でいる時に、俺と翔は何であんなに笑ってたんだろうと後で思うような話で盛り上がっていた。大笑いする俺達の隣にいるトキヤは聞いているのかいないのか分からないような態度だった。話を振っても、まともに返事をしてくれない。だけど、ふと見ればいつの間にか落ち込んだ顔になっていた。「どうしたの」って聞いても「何がですか」としか言わない。トキヤのそんな様子に、俺と翔は顔を見合わせた。
 それから一緒に部屋に帰ると、俺に背を向けて、寂しくて拗ねた様な態度を取っていた。俺が声を掛けても、相変わらずまともに反応してくれない。そんな時に、何となく付けていたテレビにHAYATOが映った。明後日放送のバラエティー番組のCMで、ゲストに呼ばれたHAYATOが楽しそうに笑ってメインMCと喋っている。トキヤがどこか暗さを含んだ、羨ましくって堪らないって目でHAYATOをジッと見つめる。そして、「音也は、私よりHAYATOの方が好きでしょう」って沈んだ声で言った。
 そんなのは大きな誤解だ。そんな事、考えた事もないのに。
「分かってはいるんです。もっと素直になって、明るくなって、自然とあなたと笑い合えるような人間になるべきだと。そうすれば、きっとあなたも楽になれる」
 俺にはどうしてトキヤがそんな事を言うのかが全く分からない。何でそんなに絶望したような顔をしているのかも分からない。俺が意味分かんないって顔をしてるのにも気づかないで、トキヤは喋り続ける。
「でも……、どうしたって無理なんです。私はどうあがいても、あなたのようにも、HAYATOのようにもなれません……」
「……そうだね」
 普段のトキヤを見ていれば、テレビで笑うHAYATOはトキヤがいっぱい努力して苦労して演じられているものだって分かる。トキヤは部屋に帰ってくると、心にいっぱい溜めた疲れを吐き出すように深く息を漏らす。そんなトキヤに一日中、例え俺とふたりきりの時でもHAYATOでいろ!なんて言ったら、きっとすぐに倒れてしまう。
 俺は、「そうだね」を「HAYATOのようにはなれない」という言葉に対して言ったんだけど、トキヤはまた誤解してしまったみたいだ。テレビから俺に視線を映して、自嘲するように小さく笑った。それから一度瞼を閉じて、俯いてしまう。
 そして、顔を上げたトキヤはニッコリと花みたいに笑っていた。俺はトキヤがこんな風に笑うのを見た事が無い。だけど、毎日見ているし、ついさっきだって見た。
「ほら、やっぱり!」
 HAYATOが嬉しそうに声を上げて、演技掛かった足取りで俺の側へと寄ってきた。細い腕が首に絡んで、額が重なる。鼻先が触れ合う距離から俺を見つめる目はもう暗くなんかない。それどころか、瞳の奥で星が輝いているみたいな視線だ。
「ボク、音也くんの事がだーいすきっ! きっと、トキヤよりもずっと音也くんが好きだよ」
 トキヤが絶対に出さないような甘い声で、トキヤが滅多に言わないような甘い事を言う。
「……トキヤ」
「もう、トキヤなんかどーでもいいよっ! だって、音也くんにはボクがいればいいんだから!」
 頬を少し膨らませてから、HAYATOが悪戯っぽく笑って柔らかい唇でキスをしてきた。それから首筋にグリグリと頭を押し付けてくる。俺が髪と背中をそっと撫でると、抱きつく腕に力が籠った。
 普段はあんなに頭がよくって勉強もできて、物事を冷静に見られるのに、どうしてそんなバカみたいな事を考えてるんだろう。
「あいつはさぁ、こんな事絶対できないよ。『やだやだー、恥ずかしー、照れくさいにゃー!』って事ばっか考えてるからさ。だから、ずっと一緒にいたっていい事ないと思うな。音也くんがイヤな思いするだけだと思う」
 トキヤがこんな風に甘えてきた事はない。なのに、HAYATOはいとも簡単に俺に愛を囁いて、しがみついてくる。今は『やだやだー』って思わないの? それとも我慢してる? 
 トキヤは自分の気持ちだってあまり言ってくれないけど、分かってるつもりだった。でも、全部は分かってなかったみたいだ。もしかして、俺が翔と話してる時にそんな事考えてたの?
「そんな事ない」って言うのは簡単だ。それでも、トキヤの気持ちや考えている事が聞きたくて、俺は黙っていた。
「話してたって、素っ気ない事しか言わないし、冷たい事ばっかり言うし、面白い事なんか言えないし、……ホント、つまんない奴だよね」
 トーンが下がった声でHAYATOが吐き捨てるように言う。
「ねえ、だから、ボクと付き合おうよ。その方が、あんな奴といるより絶対絶対楽しいよっ!」
 小首を傾げて、まるで小さな子みたいに笑う。指先で俺の髪をいじられるのがくすぐったい。
 本当、トキヤは誤解している。
「……トキヤから見ると、トキヤはそんな風に見えるんだね」
「え?」
 HAYATOが長いまつげを瞬かせて、両腕を下ろした。
「HAYATOの事も好きだけどさ、それはHAYATOがトキヤだからだよ。トキヤがこれまでたくさん頑張ってきた証のHAYATOが好きなんだ」
「……よく分かんないよ。ボクが好きなら、ボクでいいじゃん。顔だって一緒だよ? だったら、明るくて愛想がいい方がいいと思うんだけどにゃ?」
「うーん……。つまり、もしHAYATOが本当にトキヤの双子のお兄さんなら、好きじゃなかったって事。あ、アイドルとしてはもちろん好きだったと思うよ」
 HAYATOは口を尖らせて、ふてくされた顔をする。俺は小さく笑って、すべすべな頬を撫でた。すると、そこが薄らと熱を帯びる。
「俺さ、トキヤにどれだけそっくりな奴がいたって意味ないと思うんだ。だって、それはトキヤじゃないんだから。トキヤじゃなきゃ意味ないよ。好きにはなれない。顔だけ一緒でもダメ。どんなに明るくって面白くて、楽しい奴でもダメなんだ」
 諭すように言っても、まだ不満げな表情は消えない。
「俺が好きなトキヤは、HAYATOじゃなくて、優しくっていい奴で、努力家で、落ち着いてて、俺の事をちゃんと叱ってくれて、HAYATOを一生懸命演じられる奴だよ」
「……優しくもないし、いい奴でもないよ」
「あーあ、トキヤって勉強とかではあんなに自信満々なのに、どうして自分の事になるとそうなるんだろう? 俺が言ってるんだから、自信持てばいいのにさ!」
 俺が言うと、何故かポカンとした顔になった。えっ、何でそんな顔するの。変な事言ったかなあ。そう思っている間にまた俯いてしまって、長い前髪のせいで表情が見えない。顔を下から覗こうとしたけど、その前にパッと顔を上げた。
 さっきと同じように、また笑っている。だけど、さっきの笑顔とは違う。……俺はこっちの方が好きだな。
 トキヤは少し困ったように微笑んでいた。
「何ですか、それ」
「んー? トキヤの事が大好きな俺の言う事だから、信じていいんだよって意味だけど?」
 ギュッと抱き締め直すと、体が硬くなるのを感じた。青灰色の目が少しの間さまよってから、俺をジッと見つめる。
「……本当に、私でいいんですか」
「もちろん! トキヤが好きだから、トキヤがいいんだよ」
 そう言うと、トキヤの体から力がゆっくりと抜けていくのを感じる。俺の背中に手がそっと触れた。
「音也」
「なに?」
「その……、好き、です」
「っ……!うん、俺もトキヤが大好きっ!」
 トキヤの言葉が嬉しくって仕方なくて、思わずキスをする。すると、抵抗も何もなくそれを受け入れられたのがまた嬉しくて、調子に乗って服の中に手を突っ込んだ。
「ちょっ……音、也! 何してるんですか!」
 途端にキスが中断されて、体を押される。トキヤ、顔が真っ赤だよ。
「俺がどれだけトキヤの事を好きなのか教えてあげようと思って」
「結構です!!」
 大声を上げて、俺の腕から無理やり逃れたトキヤが洗面所の方に逃げていく。あー、冷たい……。
「でも、そこも好き」
 その背中を見つめながら、俺はひとりで笑った。