耳としっぽが生えました。
大々的なデビューを果たし、またたく間に今をときめく大人気アイドルグループへと見事に成長したST☆RISHのカレンダーを作ることになった。表紙を入れて7枚綴りのそれの為に写真を7枚撮ることになったのだが、その中の9・10月の写真はハロウィンをテーマにしたものだった。
今日はそのハロウィンの写真撮影が行われるので、トキヤと音也は二人に宛がわれた楽屋でそれぞれの衣装に身を包んだ。
「じゃじゃーん! どうどう? 悪魔な俺もかっこよくない? 新しい魅力って言うかさー」
悪魔をイメージした紅紫色と黒のタイトな衣装を着た音也がいつも通りにはしゃぎ、「がおー」と吠えるとトキヤは腕を組んで眉を寄せた。
「悪魔は『がおー』とは言わないと思いますよ」
「そっか。じゃあ……、呪うぞー!」
「そうですね。撮影が終わるまで黙ってなさい」
「トキヤ冷たーい! ていうか、それかっこいいね! 似合ってる似合ってる」
鋲の付いた太めの黒色の首輪を付け、ファージャケットを羽織って狼男の格好をしたトキヤを観察しながら音也が誉めた。トキヤは僅かに目を細めて、顎を上げる。
「当然です」
「ねえねえ、鏡に向かってさぁ、『がおー』って言ってみてよ」
「嫌ですよ、そんな事。あなたじゃないんですから」
「でも狼男の格好なんだよね? 役作りは大事だっていつも言ってるのはトキヤだよ」
「ぐっ……。……が、がおー」
鏡に向かったトキヤが肉球の付いた手袋を顔の横に上げて吠えてみせると同時に音也は吹き出し、腹を抱えて大笑いする。
「何笑ってるんですか! あなたがやれと言ったんでしょう!?」
「まさか本当にやるとは……ぷっ、くく……いい、すごくいいよトキヤ……本物の狼男だよ、今日は満月だよ……。いったー!」
顔を赤くしたトキヤが容赦なく背中を蹴りつけたせいで音也がソファーに倒れ込んだ。必死に笑いを堪えながら彼は座り直す。
「ごめんってば……。そういえば、俺の角知らない?」
「……はあ、私の付け耳も無いんです。多分、メイクの時に付けるんでしょうね」
衣装は既に身にまとっているが、予定ではトキヤには更に狼の耳、音也には悪魔の角を付ける事になっている。しかし用意された中にそれらは入っていなかった。トキヤの言葉に「ああ、そっか」と音也が納得したその瞬間、部屋が真っ暗になった。
「うわっ!」
「停電でしょうか」
「トキヤ、大丈夫?」
「ええ。動くと危ないですよ。……危ないと言ってるのに。……んっ?」
「うっ……、何か一瞬頭が……。あ、点いた」
部屋に明かりが戻った時には音也とトキヤは寄り添いあっていた。トキヤの腕を掴んでいる音也が目を見開く。
「トキヤ、その耳いつ付けたの?」
「あなたこそ、角が……」
トキヤは少し血の気が引いた顔で音也の頭を注視した。先程までは二人の頭になかった耳や角がいつの間にか付いていた。二人は鏡を通して、自分の姿を唖然とした表情で見つめる。
「うわー……、何だこれ……」
音也が二の腕まであるグローブを外してから手を伸ばし、トキヤの狼の耳に触れた。
「ひっ!」
「柔らかい……それに暖かいし、ていうか動いてるし! もしかして本物? 生えてるの!?」
「く、くすぐったいので触らないでください……!」
トキヤが頭を振ると、黒い毛並みの耳が指から逃れるようにぴくぴくと動いた。赤色の双眸を輝かせて音也はそれを指先で摘む。
「えー! 何々、トキヤって本当に狼男だったの!? 知らなかったー!」
「そんな、訳、ちょっ、ないでしょう!」
「だけどさぁ、この感触は本物だよ」
「あなたこそ! いつからそんな角生やすようになったんですか?」
耳の内部に生え揃えた毛をくすぐる手を振り払ってから、トキヤも同じく鋭い爪の生えた手袋を外して音也の小さな角に触れて指先で形をなぞる。すると音也は眉を吊り上げて声を潜めた。
「みんなには内緒だけど、……俺、実は悪魔だったんだ」
「そうですか。なら、さっさと元の世界に帰りなさい」
「そんな事言って、俺が本当に帰ったら寂しいくせに」
胸を突かれたトキヤが息を漏らす。
「はいはい、寂しいです。……音也、しっぽが」
「しっぽ? かっこいい?」
「いえ、……動いてます」
トキヤの言うとおり、音也の衣装から垂れているように見えるしっぽがぴょこぴょこと矢じりのような先端を動かしていた。音也が目を丸くしてそれを掴む。
「えっ、うわ、本当だ! さっきまでは作り物だったのに」
「角だけでなくしっぽまで……ひっ! な、何ですか!?」
「やっぱり。トキヤのしっぽも本物だよ! すっげー、モフモフのふかふか! あは、動いてる動いてる」
音也は遠慮ない手つきでトキヤに生えたしっぽを撫でれば、嫌がるように大きく揺れる。
「触らないでください! 全く……何なんですか、これ。ありえません……」
嘆息しながらトキヤはソファーに座りこんで項垂れる。その隣に音也が座り、「大丈夫?」とそっと声を掛けた。
「……もしかして、これから先ずっとこんな耳としっぽが生えたままなんでしょうか」
「うーん、どうなんだろう。でも似合ってるよ」
「そういう問題じゃありません! こんなおかしな耳が生えたままでは、私はST☆RISHとしても活動できません……。もう私抜きで、S☆RISHとして活動してください……」
「大丈夫だって、ね? きっとどうにかなるからさ。それに、もし戻らなくても、俺達はST☆RISHのままだよ」
狼の耳を垂らしたトキヤに音也が優しく励ましの言葉を掛けながら手を握る。すると、トキヤが顔を上げて力無く微笑んだ。あまりお目に掛かれない表情だ。
「ふふ、悪魔のくせに優しいんですね」
「悪魔だけどトキヤに対しては天使なんだよ、知らなかった?」
「はあ、そうなんですか」
「もー、俺の事下げたり上げたり下げたり忙しいなっ。……でも、そんなトキヤも好き。狼になってても好き」
顔を近付けて音也が逸らす事無くトキヤを見つめたが、それとは正反対に、トキヤは慌てた様子で顔を背ける。
「ちょっ、音也、……本当にあなたって仲間思いですね」
「えー? トキヤの事は仲間としても大事だけど……」
目を合わせようとしないトキヤの頭を固定して強制的に向かい合わせる。
「音也!」
制止する彼の耳元で音也が何かを囁いたが、マイクにその声は入らなかった。音也がゆっくりと瞼を閉じる。
「はーい!! ここで突入ー!!」
嶺二が大声を上げて、部屋を飛び出した次の瞬間には隣の楽屋へと乱入した。その後を追うカメラが音也とトキヤの楽屋を映す前に電灯を消す。
「えっ、何々? れいちゃんなの? どうしたの? 暗いよ?」
何かを叩く物音と共に「痛い!」と音也が叫ぶ。嶺二は呼吸を整え、追い付いた背後のカメラに向かって微笑む。
「それじゃあ、電気付けちゃうぞー」
そう言って再び電灯を点けた時には、彼らの頭から生えていたものは姿を消していた。すぐに気付いて、「あ、消えてる」と音也がトキヤの頭を指した。トキヤは自分の頭を隈なく撫でて、鏡に映る自分の姿を確認してから深く息を吐いた。
「……何だか分かりませんが、これでST☆RISHを脱退しなくて済みます」
「ざーんねん。悪魔から人間に戻っちゃった」
「それで寿さん、一体どういう事なんですか?」
「あ、そうそう。何でここにいるの?」
勢いよく立ち上がったトキヤが顔をしかめてマイクを握る嶺二とカメラを見比べる。後ろでは音也が何事も無かったかのように笑って「音也だよー」とピースをしていた。
「へっへー。トッキー、おとやん、びっくりした? びっくり仰天した?」
「当然でしょう。あんな耳やしっぽが生えて……」
「でも面白かったねー。記念写真撮っておけばよかった」
「実は! あの耳としっぽは我らが事所の社長であり伝説のアイドルであるシャイニング早乙女による魔法だったのだ! それで、衣装に着替えた所からずーっとふたりの慌てる様子を隠しカメラで見てたんだー。……おとやんはあんまり慌ててなかったけど、トッキーはすごい落ち込んでたね」
「一生あのままかと思って、人生を悲嘆してたんです。元の姿に戻れて、本当に安心しました……」
手を顔に当てて俯くトキヤの肩を嶺二がぽんぽんと叩いた。
「まあまあ、ちゃーんと戻ったからよかったじゃない! と、言う訳で嶺ちゃんによる可愛い後輩への『シャイニング☆ドッキリ』おとやんとトッキー編でしたー! CMの後はひじりんとレンレンの編だぞ!」
嶺二がウインクをすると、「…………オッケーでーす!」とスタッフが合図をした。途端に脱力していたはずのトキヤが苦虫を噛み潰した顔に変化する。
「と、言う訳だからー。バイビー」
これ以上ここにいては危険だと察知し、嶺二はそそくさと元いた部屋へと引き返した。
「では、カメラを回収しますね」
「お願いします」
「隠しカメラがあるなんて、全然気付かなかったよー。へえ、そんな所にあったんだ! トキヤ気付いてた?」
「……気付くに決まってるでしょう
トキヤはソファーに腰掛け、深い深いため息を吐いた。また隣に音也が座る。
「へー、気付いてたんだ! さっすがー」
「……」
音也に褒められても、回収し終えたスタッフが楽屋を出ていくのを見送るまで無反応を通し、ドアが閉まった瞬間に強く睨みつけた。
「あんな唐突も無いものが生えれば早乙女さんの仕業だと分かりますし、そうなれば大体はドッキリだと予測が付くでしょう!? それなのにあなたは……!」
隠しカメラがあるであろう事を予測して振る舞っていたトキヤに反して、音也は自由気ままに行動した揚句にトキヤにキスしようとした。それを察知した嶺二がすぐに飛び込んできたから良かったものの、下手をすればふたりのキスシーンがカメラに収められるところだった。
「だって、狼の耳が生えて落ち込むトキヤが可愛かったからさぁ……」
まるで叱られた犬のように音也がしょぼくれる。
「……」
「……トキヤ、怒ってる? 俺、これからはちゃんと気をつけるから」
トキヤに生えていた耳が今度は彼に生えたのではないかと思って、無言で頭を観察していると、彼は上目で様子を伺ってきた。トキヤが緩く首を振る。
「今後は、何か様子がおかしな事があればドッキリだと構えながら行動するようにしてください」
「うん、そうする」
音也は大きく頷き、そして周囲を見渡す。
「もうカメラは無いんだよね?」
「ええ」
「よかった」と笑った音也がトキヤの髪を撫で、耳の生えていた部分に触れる。
「耳が生えてるのも可愛かったけど、ちゃんと戻ってよかったね」
「……そうですね」
「俺、やっぱりそのままのトキヤが一番綺麗で可愛いから好き。恋人として好き」
先程トキヤの耳元で囁いた言葉を繰り返す。そんな彼の角も耳も生えていない姿を一瞥したトキヤは、同じ言葉を音也に返した。
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