ダイエットちゅうトキヤはめんどくさいかわいい
俺とトキヤは付き合っている。トキヤは優しいし、歌も上手くて尊敬しているし、顔も綺麗で大好き。すっごくすっごく好き。だけど、その上で言わせてもらう。
トキヤはものすごく面倒くさい。
俺は夜の十二時を過ぎても課題をやっていた。
「なかなか終わらないなー……」
そうぼやいた時、俺の腹が空腹を訴えて鳴いた。呼吸をする度に、空っぽの胃袋が「何か食べたい」とおねだりしてくる。そういえば、今日の夕飯は六時くらいに食べたっけ。……ダメだ、お腹空いて集中できそうにないや。
空腹を満たす為、俺はカップラーメンを食べる事にした。沸かしたお湯をカップラーメンに注いで三分待つ。でも堪え切れなくて、二分半ぐらいで蓋を開けて「いただきまーす」と一口麺を啜るのと同時に、バイトからトキヤが帰ってきた。やらせのようにタイミングがばっちりだ。
「音也、まだ起きて……。なっ、あなた何してるんですか!」
トキヤが大声を出す。防音じゃなきゃ確実に隣から怒られるくらいの音量だ。俺はもう一口麺を食べてから答える。
「ラーメン食べてるんです」
トキヤは信じられないものを見る目つきで俺を数秒見ていた。それからキッと、ポケットにティッシュを入れたまま洗濯してしまい、くずがへばりついてしまった服を見る目で俺を睨みつける。
「こんな夜中にラーメンだなんてありえません!」
「あー、美味しいー。やっぱりみそラーメンが一番好きだなぁ。トキヤはどれが好き?」
「ラーメンと言えばとんこつに決まって……そういう話ではないんです!」
ズズズ……と音を立てて啜りながらトキヤの話を聞く。みその味が太麺に絡みついていて美味しい。スープを飲むと、「ひぃっ」とトキヤが引きつった声を上げた。
「今すぐに食べるのを止めなさい!」
ドアの所にずっと立っていたトキヤが足音も荒く俺に近づいてきた。それから鼻先に指を突きつけてくる。
「あなた、こんな時間にそんな物を食べるなんて馬鹿じゃないんですか!?」
「だって、お腹空いたままじゃ課題に集中できないよ」
「課題なら私が手伝いますから!」
「本当? じゃあ、食べ終わったらよろしく」
「だから食べるなと言ってるんです!!」
俺の耳元でトキヤが叫んだ。鼓膜が破れちゃうよと思いつつチャーシューを食べる。はあ、と幸せの息を漏らした。
「でも、残すなんてもったいないし」
「それはそうですが……」
言葉に詰まって一瞬視線が逸れる。
「あ、じゃあさ、トキヤも半分食べる?」
「えっ?」
ずっとピリピリプンプンしてたトキヤが少し雰囲気を和らげた。切れ長の目がみそラーメンを捉えて、形のいい唇が薄らと開く。スッと筋の通った鼻は匂いを嗅いでいるみたいだ。
「もう半分くらい食べたから残りは食べていいよ」
俺は箸と共にカップをトキヤの方にやった。正直物足りないけど、さっきよりは大分マシになったからトキヤにあげても惜しくない。
動かなくなったトキヤを、どうするのかと見守っていると、手がゆっくりと動いてラーメンに伸びた。おお、食べるんだ。そう思った瞬間、トキヤは熱い物に触れたように手をぎゅっと握って引っ込めた。
「っ、食べません!!」
裏返った声でトキヤがまた叫ぶ。まるで自分に言い聞かせてるみたいだ。
「そっか、じゃあ俺が食べちゃうね」
手元に戻したラーメンをまた食べ始め、夜中に食べるカップラーメンの美味さは異常だという事を身を持って知る。それにしてもこの誘惑に打ち勝つなんてすごいよなぁ。俺だったら絶対勝てないよ。
俺の横に立ったままのトキヤを見れば、不満そうに眉を寄せて唇を結んでいた。自分が食べないって言ったのに。
「何、そんなに見て。やっぱり食べたい?」
「っ……」
ラーメンを差し出した途端、トキヤがもう一つの椅子を持って来た。俺の隣に座るのかと思ったけど、何故か後ろに回って背中合わせで座る。
「何でそんな所に座んの?」
「……今日の所はもう仕方ないでしょう。残せとは言えませんし。しかし、あなたも仮にもアイドルを目指しているのですから自分の体型管理は大事な仕事です。今はアイドルじゃないから別にいいやとでも思っているのかもしれませんが、今できない事がアイドルになれば出来ると思うのは甘い考えです。大体、卒業オーディションの時にみっともなく太っていては歌がどれだけよくても点数に響きます。今からの積み重ねが大事なんです。さて、夜中に摂取されたカロリーは、日中に摂取したものより消費される」
以下略。というか話を聞くのを止めた。トキヤはまだダイエットのハウツー本の序章を丸暗記したような事を話している。これなら、ドラマで長台詞を言う事になっても苦労しないでこなせると思う。
それにしても、「アイドルになるなら太ってはいけませんよ。それから、夜中に食べると太りますよ」で終わる話をどうしてこうも難しく長ったらしく話せるんだろう。自分がダイエットしてて食べられないからって、俺にぐだぐだ絡んでくるのはものすごく面倒くさいから止めてほしい。
そう、トキヤはダイエット中だ。むしろダイエット厨。 俺から見れば十分細いし、もし今の体型から多少太っても人並み以上に太るって事はないのに、トキヤは「太りやすい体質なんです……」とダイエットに命を掛けている。
トキヤが体重計に乗るタイミングは決まっていた。前まではベッドの横に体重計が置かれていたんだけど、トキヤが体重を量っている時に俺がふざけて片足をそっと載せたら、トキヤは突然よろめいて尻もちを突いて放心状態になった。少しして、俺がした事に気付いた瞬間、綺麗な顔を思いきり歪めて物すごい剣幕で怒った。
それからずっとお風呂に入る前、服を全部脱いだ時にしか量らなくなってしまった。その結果がどうだったのかは、お風呂から出て来たトキヤの表情で知る事ができる。
この前のトキヤは、氷河期を迎えたみたいに暗い目をしてお風呂から出て来た。俺は歌詞を書く手を止めて話し掛ける。
「ねえねえトキヤ、聞いてよ」
「今そんな気分じゃないんです……」
深く落ち込んだ声でトキヤが言う。あーあー、またそんなに落ち込んじゃって……、早く元気出してよ。そう思いながら俺は続けた。
「最近食べすぎたせいか体重増えてたんだー。でも、トキヤっていつ見ても細いよね」
正直に言えば、連日のサッカーの練習のせいか前より痩せている。それでも俺は無理やり腹の肉を摘んでみせた。トキヤがぼんやりとそれを見る。
「……そんな事ありませんよ」
トキヤがそんな事言ったら、世の中の女の子達から恨まれちゃうよ。将来、インタビューの時に「BMIが20以上の人はデブだと思います」なんて言ったら絶対駄目だからね。
「そうかなぁ。スタイルもいいし、ラインに色気があって綺麗、みたいな! 俺って色気がないってよく言われるし、羨ましいや」
「……そうですか?」
瞬きをして、ゆっくりと首を傾げたトキヤの目は輝きを取り戻し始めて、春の太陽みたいな眼差しを俺に向けた。
「うんうん」
「……」
トキヤは口元を緩めた。それから「歌詞を書いてるんですか? 私にも見せてください」といつもより優しく言った。これで無事にミッションクリアだ。俺はこっそりとガッツポーズした。
「トキヤの事思いながら書いてるんだ」
「全く……馬鹿ですねあなた」
近寄ってきたトキヤを抱き締めても抵抗はない。俺はその後、トキヤとイチャイチャしつつ、それを歌詞にして完成させた。明日はどうなるやら……と思いながら。
次の日の風呂上がりのトキヤは一目見ただけで分かる程に上機嫌だった。よかったなあ。これはこれで面倒くさいんだけどさ……。
トキヤが鼻歌を歌いながら、ベッドに寝転んでた俺の所に来る。
「音也」
「んー? 何?」
トキヤが腰に両手を当てて、喜色満面の笑みを浮かべる。それから弾んだ声で言った。
「今日の私はどこか違いますが、どこだと思いますか?」
知らないよ、分かんないよ! どこからどう見ても、俺の大好きなトキヤのまんまだよ!
とは叫ばず、体を起こして「うーん」なんて言いながら、トキヤの頭から爪先まで検分する。いや本当に分からない。強いて言えば髪の毛がセットされてないせいで、お風呂上がりはいつもより幼く見えて可愛いよ。でも聞かれてるのはそれじゃないと分かっている。
「……あっ、何かいつもより小顔になったんじゃない? 頬がシュッとしたっていうかさぁ。もー、それ以上綺麗になってどうすんの?」
トキヤを抱き寄せて膝の上に座らせ、頬にちゅっちゅとキスをする。トキヤはドヤ顔でされるがままでいた。
慣れたおかげで今はこんなのだけど、初めてその質問をされた時は酷かった。
「えー、別に何も変わってないと思うけど」
正直にそう答えたら、トキヤが「私の変化にも気付けないなんて信じられません! あなた、本当は私の事好きじゃないのでは? それならもういいです、別れましょう」と怒り出した。慌てて謝って、俺がトキヤの事どれだけ好きか説明して機嫌が治った頃、何が変わったのかと聞いたら「体重が四百グラム減りました」だって。分からないよ。多分それ、誤差の範囲だよ。もし本当だとしても、自分でもどこが減ったか分からないよね?
それからはトキヤは、バイトで夜にまともに顔を合わせない日以外は落ち込んで俺から距離を置こうとしたり、浮かれながら俺に絡んできた。さすがに面倒くさい。同じ言葉を繰り返し使うと「一昨日もそう言ってましたが、本当にそう思ってるんですか!?」と怒る。面倒くさい。
これまでの事を振り返っている間にラーメンを食べ終えて「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
「はあ……、分かりましたか?」
「うん、分かった」
背中を向けたままのトキヤを後ろから抱きしめる。多分、ラーメンを見ないようにしてたんだと思う。よしよし、ちゃんと我慢できて偉かった。
「そういうトキヤの腕とか足って細くてしなやかだよね。腰も締まってるし……。触ると、トキヤが毎日一生懸命、色んな事気にして、我慢してる結晶なんだってすごく分かるよ」
「……あなたも見習いなさい。これくらい当然ですよ」
振り返ったトキヤは嬉しそうに微笑んでいた。苦労を誉められると嬉しいのは誰だって一緒だ。
ダイエットにこだわるトキヤは面倒くさいけど、でもやっぱり可愛い。そんな可愛いトキヤに俺はそっとちゅうをした。
|