I love your smile!
最近、俺はずっとトキヤの事を疑っている。疑うって言っても浮気とかの話じゃない。そんな心配をする必要が全く無い程俺達はラブラブだ。
疑っているのは、トキヤはもしかしたらHAYATOなんじゃないかって事。
俺がそう思い始めたきっかけは、トキヤがしているバイトが怪しかったからだった。朝早くから出掛けて、帰りは夜遅く、ひどいと朝帰りになる事もある。でも、何のバイトをしているのか聞いても全く教えてくれない。付き合ってない時はそれでもしょうがないと思えたけど、恋人になった今でも何をしているのか教えてもらっていなかった。
俺はトキヤの一番近い所にいると思ってるけど、トキヤにとってはそうじゃないのかな。
そう思うと、秘密を打ち明けてくれない事が悲しくて寂しかった。それから、何で教えてくれないんだって腹が立った。トキヤの朝帰りが週末の土日と続いて、土曜日のデートの約束も無しになってしまったせいもある。
「恋人にも言えない、何回も朝帰りするようなバイトって何?」
俺がそう言って怒ると、トキヤは見た事もないようなすごく傷ついた顔をして首を振った。
「違います! あなたが思っているようなものではありません! ……、ただ、時々行く仕事先が遠くにあって、帰ってくるのに時間が掛かるだけなんです……」
『本当に?』と疑う言葉は、トキヤの泣きそうな目を見て消えてしまった。その代わりに「何のバイトしてるの」と聞いたけど、「それは……」と目を伏せて黙る。あまりにもトキヤらしくない弱々しい様子に、俺はそれ以上追及できなかった。
危ないものじゃないけど、俺には言えないバイトって何なんだろう。もしかして、教えてくれないんじゃなくて、言えないのかな。している事を秘密にしなきゃいけない仕事――守秘義務がある仕事だったりして。じゃあ、それがどんな仕事なのかって言うと、……スパイとか、殺し屋とか? ……無いな。
トキヤがまたバイトに行ってしまって、俺は部屋でひとりテレビをぼんやりと眺めながら一生懸命思考を巡らせていた。そして、テレビに偶然HAYATOが映った瞬間、今まで思いもよらなかった考えが閃いた。
もしかして、HAYATOがトキヤのいうバイトだったりして。
とんでもない閃きで、絶対ありえないものだと思ったけど、どうしてだか俺の心から離れる事は無かった。それからトキヤの行動をよく観察するようになって、ただの思いつきは少しずつ疑念に変わっていった。
翔に話を聞くと、トキヤは「バイトの為です」って言って授業に出ない事がよくあるみたいだ。でも、真面目で優等生なトキヤが授業よりバイトを何度も何度も優先させるなんてありえない話だ。俺が同じ事をしたら3時間は正座で説教されるに決まってる。じゃあ、トキヤにとって授業より大事なバイト……というより仕事が何なのかって言うと、HAYATOの仕事なんじゃないかな。それなら朝早く出掛けていくのも納得できる。おはやっほーニュースの生放送の為だ。夜遅くなったり、朝帰りをするのも仕事先、というかロケ先なんかが遠くだったりするから、帰ってくるのに時間が掛かる。
しかも、HAYATOが生放送の番組に出ている時はトキヤは決まって部屋にいない。おはやっほーニュースだって、ふたりで見た事は一度もなかった。
この事だけを考えると、トキヤがHAYATOだっていう考えは間違いないように思える。
……それでも、「でも、やっぱり本当に双子なのかな」と思う理由もある。
トキヤとHAYATOは性格も雰囲気も正反対だ。顔つきも同じはずだけど違うものに見える。トキヤはあんなに明るく元気に「おはやっほー!」なんて言わないし、HAYATOもテレビを見ている限り、トキヤみたいに落ち着いてないし、眉間に皺を寄せる事もない。もし俺が朝起きた瞬間、トキヤに花が咲いたような笑顔で「おはやっほー!」なんて挨拶されたら、俺はこれが夢なのかどうか何度も確認する。HAYATOが難しい顔で腕を組んでテレビに映ってたら、「ああ、HAYATOがクールなキャラを演じてるドラマが映ってるのかな?」って思う。
HAYATOが出演する番組を見ながら、彼らふたりを交互に見比べても同一人物のような雰囲気はさっぱりない。水と油みたいな、パッと見は何となく似ていても、性質は別で結局交わらないもののようだった。
それになにより、もしトキヤがHAYATOだとしても、HAYATOは誰からも好かれている今一番人気のアイドルだ。だから、わざわざ200倍の倍率をくぐり抜けて早乙女学園に入学してアイドルを一から目指す必要なんてない。トキヤは歌やダンスの練習や課題、授業の予習復習に熱心だ。クラスが違うから授業の様子は分からないけど、出席していれば真面目に受けているはずだ。ここに来てる奴はみんなアイドルや作曲家になりたいんだけど、その中でもトキヤは人一倍アイドルデビューに熱心だ。それはやっぱり、今の自分がアイドルじゃないから……だと思う。
だから俺は、『もしかして』と首を傾げながらも同じぐらい、『でもそんな』と首を振っていた。
「……さっきからずっと私の事を見てますけど、何なんですか? 用があるなら言えばいいでしょう」
トキヤが本を閉じて、ベッドに寝転ぶ俺を鬱陶しそうに見た。
ずっと送っていた、『結局どっちなんだろう』という視線に気付いていたみたいだ。
「トキヤの読書姿は絵になるなーと思って」
「はあ、そうですか」
ベッドの淵に腰掛けているトキヤの隣に座りながら、この前のクリスマスに放送されていた特番でのHAYATOの様子を頭に映した。彼は、白のポンポンが付いた赤い三角帽子に、だぶだぶな赤のコートを羽織り、ピンクに星柄の袋を肩に背負ってサンタの格好をしていた。それで、プレゼントを街のいろんな人に配って、みんなを笑顔にしていた。あの格好はHAYATOがしていたからよく似合っていたし可愛かったけど、トキヤが着たら「何かもうちょっといい衣装なかったの?」って聞きたくなる。逆に、今トキヤが着ている、細い体の線が出るようなタイトな黒のテーラードジャケットに白のシャツもHAYATOが着ると違和感がありそうだ。
同一人物でも双子でも、雰囲気が違うとここまで変わるものなんだ。じゃあ、似せようと近付いたらどうなるんだろう。
「ねえ、『おはやっほー』って言ってみてよ」
……でも言ってくれないだろうな。トキヤってHAYATOの話をあまりしたがらないし。
頼んでおきながら、俺はあまり期待していなかった。けど、意外な事にトキヤは俺を値踏みするような目で見てから、「まあ、いいですよ。ただし一回しか言いませんからね」と条件付きながらも了承した。
「やったー! 一回で十分だよ!」
俺は目を輝かせてトキヤに迫り、次の言葉に集中する。
「……おはやっほー」
なのにトキヤは、HAYATOが言うあの明るくて眠気を吹き飛ばすような『おはやっほー!』とは正反対の、テンションも声も地の底に沈んだみたいな言い方をした。思わず、肩を掴んで揺さぶる。
「ええ!? 何それ、HAYATOの真似してほしかったんだって!」
「聞いてません、知りません。言えと言われたから言ったまでです」
俺の手を振り払ったトキヤが横にずれて距離を開ける。
「HAYATOみたいに『おはやっほー』って言ってみてよ!」
「一回でいいと言ったじゃないですか」
「そうだけど……、トキヤぁ……」
いつもは俺が甘えた声を出せばトキヤは大体折れてくれるのに、今回は首を縦に振ってくれない。
「やりません。私はもう寝ます」
「じゃあ一緒に……」
俺の腕がトキヤの腰を捕まえる前にするりと逃げられ、一人寂しくベッドに横たわる。
結局、真実が掴めないままだった。
授業も受けられない程すごく忙しくて、HAYATOが生放送に映っている時はトキヤは必ずいない。だから、トキヤがHAYATOなんだと思う。どうしてHAYATOとして活動しているのか分からないけど、でも多分トキヤが望んだからそうなったんじゃないのかな。だけど、それなら何でこの学校に来たんだろう。何もかも正反対すぎるし、やっぱり双子かも……。
俺の考えはその輪っかをぐるぐると回り続けていた。同一人物なのかそうじゃないのかをどうにかはっきりさせたい。でもひとりだけではもう限界だ。だから俺は他の奴にも聞いてみる事にした。
昼休み、一緒にご飯を食べた翔に俺は話を振った。
「あのさぁ、トキヤって何のバイトしてるのか知ってる?」
「いや、知らねーなぁ。聞いても教えてくんねーし」
何のバイトやってんだろうな、翔が頬杖を突いて視線を左上に向けた。
「……俺、最近トキヤのバイトってHAYATOなんじゃないかと思ってるんだけど」
「はあ? トキヤがHAYATOだって事か?」
「うん」
翔は少し考え込んでから首を振った。
「いや、それはないだろ。だってあのトキヤがHAYATOって……『おはやっほー』って、想像するだけで……」
俺と翔の頭の中に、トキヤがあの紫のジャケットを着て「おはやっほー!」とポーズ付きで言う姿が浮かんで、ふたりでつい笑ってしまう。
「でも、トキヤが授業より優先させるようなバイトって何か考えると、それぐらいしか浮かばないんだよね」
「……確かにそれなら納得できる理由だな。でも、だったら学校に来て授業受ける必要も無くないか?」
「そうなんだよね……」
アイドルとして大活躍してるのに、またアイドルとしてデビューしようとする理由って何? 俺にはさっぱり分からない。
「うーん。……あっ、HAYATOのマネージャーをやってるとか」
「マネージャー?」
「そうそう。HAYATOを見てて、自分もアイドルになりたくなってここに来た。それで、HAYATOが忙しいとトキヤも忙しくて授業を抜ける……ってのはどうだ?」
翔の発想は俺には全く無かったものだ。しかも筋が通っているように思える。
「おおお! さっすが翔! そっかぁ、マネージャーか……」
トキヤがあの衣装を着ている姿よりは、スーツにネクタイを締めて、眼鏡を掛けている姿の方がしっくりとくる。きっとよく似合うんだろうな、俺にも着て見せてくれないかな。
格好良くて綺麗なトキヤを想像してデレデレとする俺を見て、翔が「あーあ」と呻いた。
それから数日後の夜中、疲れ切った様子のトキヤがバイトから帰ってきた。今日は生放送の特番が放送されていて、その企画の一つにHAYATOも出演していた。……一時間ずっとオネエ系アイドルに追いかけ回されていた。翔の発想が正しいなら、トキヤも一緒にテレビ局にいたんだろう。同じ顔が延々必死に走っているのを見ていたら、こっちまで疲れるだろうな……。
「お帰り、お疲れ様」
「ただいま帰りました。まだ起きてたんですね」
小声でトキヤがぼそぼそと喋り、椅子にどさりと座り込んで机に顔を埋めた。体中の空気が抜けるような、深い深いため息が聞こえる。そのまま薄い体が紙になってしまわないか心配で、背中に手を当てた。
「寝るならベッドで寝ないと」
「はい……はい……」
返事をしながらもトキヤは動く気ゼロだ。体をそっと揺らしても反応がない。隣にしゃがみこんで様子を見守る。でも、時間を掛けて大きく上下する背中以外、少しも動かなかった。
あらら、大分お疲れだ。
俺は意識してボリュームを下げた声で話し掛ける。
「トキヤってさ」
とてもだるそうにしながらも、トキヤは律義に顔を向けてくれた。目はぼんやりとしていて、焦点が合っていない。いつもならもう少し取り繕うのに、すっごくお疲れの様子だ。そんなトキヤの手を優しく握った。親指で滑らかな手の甲を撫でる。
「いつも本当に頑張ってるよね」
いきなり何を言い出すんだって言いたそうな目だ。だけど、俺はずっと思ってたんだよ。
「勉強とか練習とか……それからバイトとか、どれも大変なのに投げ出さないでさ」
バイトで授業を抜けても、トキヤは部屋での勉強や自主練習を熱心すぎる程にやっている。もう十分すぎる程賢いのに、歌が上手いのに、それでも努力の手を止めない。『もういっか』ってならずに『もっと』って思えるのって本当にすごい事だと思う。
トキヤがようやくまともに俺を見た。
「そんな所が、俺は本当に好きだよ」
一瞬丸くなった目がゆっくりと細まっていく。
そして、俺の目の前にHAYATOが現れた。
トキヤがまるでHAYATOみたいに柔らかくて可愛くて、少し幼く見える微笑みを浮かべている。そこにいるのは確かにトキヤなのに、HAYATOにしか見えない。
――トキヤってこんな顔するんだ。
初めて見る表情に俺は心と視線を奪われながら、ようやく確信を持つ。
やっぱり、トキヤがHAYATOだったんだ。
どうしてこの学園に来て、デビューを目指して頑張っているのか俺には分からないままだけど、もう迷わなかった。
腕を伸ばして強く抱き締める。今、トキヤの事がすごく愛しくて堪らない。
俺が今まで見てきたトキヤは、落ち着いていて物静かで、ニコニコと常に笑っているようなタイプじゃない。多分、翔や他の誰から見てもそういう風に見えるはずだ。だけど、そんなトキヤが毎朝「おはやっほー」って元気に笑って、それを見ているみんなまで笑顔にしているんだ。いつもはあんなにクールなのに、底抜けに明るくてキラキラとしたHAYATOを演じているんだ。カメラやファンの前では、こんな風に笑っているんだ。
そう思ったら、抱き締めずにはいられなかった。トキヤの手が俺の服を掴む。
「……いつもお疲れ様」
勉強もHAYATOの仕事も両立させるなんて、本当に本当に大変だろう。きっと俺が思っているよりもずっと大変な事だ。それでも、俺は少しでもトキヤを労りたかった。
「……あなたがそう言ってくれるなら、私はまだ頑張れます」
俺の肩に顔を埋めたトキヤが呟く。
「でも、頑張りすぎたらダメだよ」
「どっちなんですか」
呆れた風に言って顔を上げたトキヤの唇は笑っていた。今度は見覚えのあるトキヤの微笑みだった。
ああ、どっちも好きだよ。俺の大好きなトキヤの笑顔だよ。トキヤが笑ってくれるなら、なんだっていいよ。
トキヤがHAYATOなのは分かったけど、まだ分からない事はいくつかある。でも、いつかトキヤが俺に話してもいいって思ってくれるまで、俺は待つ事にした。他の誰にも、もう「トキヤはHAYATOかも」なんて言ったりしない。トキヤを困らせる事になったら大変だから。このまま頑張るってトキヤが言うなら、少しでも支えになれるように俺も頑張るだけだ。
ほんのちょっとでも、俺の愛や想いが伝わるように祈りながら、少しでも多く笑ってくれるように願いながら、俺はトキヤにキスをした。
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