1×1




 俺はテレビ番組を録画したDVDの整理をしていた。ST☆RISHが出演した番組名を書いたものに紛れて、日付と「HAYATO」と書いてあるものがでてきた。しばらくの間、それがHAYATOの何の番組を録画したものか思い出せなかった。指で日付をなぞりながら、あれこれと心当たりを思い浮かべる。そして何の日かをふと思い出した時、俺は目を細めた。
「あれかぁ、懐かしいな……」
 このDVDが見たくなって、でも見てもいいのか迷った。俺の中で天秤がぐらぐらと揺れる。その結果、「少しだけ……」と言い訳をしながら、DVDデッキにセットをした。
 再生が始まると、やっぱり俺の予想通りの番組だと分かった。十年ぐらい前までやっていた、夕方のニュース番組のタイトルと男女のキャスターが映る。早送りをしながらしばらく待ったら、目的のコーナーに行き着いた。背景がスタジオ内のセットから街頭に切り替わる。そして、紺色の髪をくるくる跳ねさせてにこにこと笑うアイドル――HAYATOがぴょんと跳ねて上手からカットインする。
『はーい、「昨日のお夕飯はにゃ〜に?」のコーナーだよっ。レポーターはHAYATOが今日も元気にお送りしまーす!』
「うわー、若い、若い、すっごく若い!」
 まだ十七のHAYATOというか、トキヤはすごく若々しかった。今は老けてるって意味では決してないけど! でもさすがに十三年も前だとかなり若い。
『それじゃ、さっそく街のみんなに昨日のお夕飯が何だったか聞いてみるにゃあ!』
 それにしても、HAYATOを見るのはかなり久しぶりだ。やっぱりかわいいなあ。
 にやにやとしながら俺が見てる間にHAYATOは女子大学生に昨日の夕飯を聞いている。このコーナーはタイトルの通り、HAYATOが昨日の夕飯が何だったか訊ねて、メニューと食事中の話を聞くというものだった。
 数人のインタビューの後に俺が映った。『一十木音也(16)』とテロップが表示される。
「わっかー! うわ、若っ! ていうか幼っ! 子どもじゃん!」
 こんなのだっけと驚くぐらい、十六の俺は幼かった。うわー、なんか恥ずかしい!
『昨日のお夕飯はにゃ〜にっ?』
 ちょっと焦った声でHAYATOが言う。実際に訊かれた時はそんな事分からなかったっけ。舞い上がってたからなあ。
 俺が街を歩いていたら後ろから声を掛けられて、振り返ったらトキヤがいた。でもそれにしては見たことがないくらいにこにこしている――まるでHAYATOみたいだ。そこまで思ってから、ああ、目の前にいるのはHAYATOなんだって気づいた。
『やっぱりそれなんだ! 昨日の夜ご飯はカレーだよ!』
『わあ、カレーだなんて羨ましいにゃあ。どんなカレーだった?』
 HAYATOの発言に笑ってしまう。何言ってるんですか、トキヤさん。
『ポークカレーだよ。俺の大好きな彼女に作ってもらったんだー!』
 ……ああ、言ったなぁこんな事。何言ってるんだろう、バカだなぁ。ちょっと話を盛り上げたくて言った昔の俺に苦笑いしてしまう。
『ふぇっ!? あ、そ、っかあ! ラブラブだね』
 HAYATOの目が泳いでいる。ちょっと動揺してる? あー、かわいい。
 そんなことを思っていたら、玄関のドアが開く音がした。トキヤが仕事から帰ってきたんだ。
「ただいま帰りました」
「お、おかえりっ!」
 慌ててテレビを消そうとしたけど、リモコンが見当たらない。ついにクッションの下に潜り込んでいるのを見つけた時にはもう、トキヤはリビングまで来ていた。テレビを見た目が丸くなる。その間にもテレビの中のHAYATOと俺は
『なーんちゃって。俺の友達だよ、寮で同じ部屋なんだ』
『あはは、なーんだ。お友達かぁ。仲良しなんだねっ』
と話している。そうだった、この頃はまだ友達だった……って思っている場合じゃなくて。早く何とかしないと……。
「ずいぶんと懐かしいものを見てますね」
 一度まばたきをしてから、不意に表情を和らげたトキヤは柔らかい声で言った。かなり意外な反応をされて、「う、うん」と戸惑ってしまう。怒るとばかり思っていたのに。
「録画してたDVDでも見つけたんですか?」
 トキヤはテレビから視線を少しも逸らさない。
「うん……」
『そうそう、俺が『カレー食べたいな』って言ったら、わざわざ俺の好きなポークカレーにしてくれたんだよ。すっごくいい奴だよね』
『美しい友情だにゃあ! ……それじゃあ、これからもお友達と仲良くねっ』
『はーい』
 テレビから俺が消えて、代わりにサラリーマンが映った。
「後で、最初から見せてもらってもいいですか?」
「もちろんいいけど」
 怒らないの。と聞く前にトキヤは廊下に消えていて、洗面所のドアが開いた音がした。立ち上がって、俺も洗面所まで様子を伺いに行く。
「どうしました?」
 それはこっちの台詞なんだけどな……。昔のトキヤがこの状況に置かれたら、間違いなく俺に「早く消しなさい!」と怒っていた。なのにどうして自分から見ようとしているんだろう。
「いや……」
「すぐ行くので用意しておいてください」
 トキヤは念入りに手を洗いながら、鏡越しに俺を見る。
「わ、分かった」
 よく分からないけど、とにかくDVDが見たいらしい。
 呆気に取られながらテレビの前に戻って、俺が映る少し前まで巻き戻して一時停止をした。全身から浮わついた空気を漏らしているトキヤがやってきて、俺の隣に座る。
「……やっぱり若いですね」
 俺と同じ事を言っていて、ちょっと緊張が解けた。
「まだ十代の頃だから」
 再生ボタンを押せば、『昨日のお夕飯はにゃ〜にっ?』とHAYATOが言った。途端にトキヤは恥ずかしそうに笑って、両手で顔を覆った。でも指の合間から見え隠れする目はテレビに釘付けだ。
「言ってましたね、こんなこと」
 そう言いながら、HAYATOに慈しむ眼差しを向ける。そんなトキヤの横顔を俺はじっと見つめた。トキヤがHAYATOに対してこんな表情をするのは、俺が知る限りでは初めてだ。学生時代にHAYATOの話を振ると、辛そうだったり怒ったりしていた。HAYATOのことがマスコミに明かされて、そしてST☆RISHとしてデビューしてからのトキヤは、HAYATOの名前を口にすることはなくて、その話には触れない方がいいのかと思って俺も話題にはしなかった。そんなトキヤが今はHAYATOを見つめて微笑んでいる。
 俺が知らないうちに、そんな顔ができるようになったんだね。
 びっくりもしてるけど、でもそれ以上に嬉しかった。
 俺へのインタビューが終わると、トキヤが口を開いた。
「あなただと知らずに声を掛けましたが、その事に気づいた時は本当に後悔しました」
 そう言いながらも全く後悔していないのが分かる。……当時は本当に後悔したんだろうけど、少なくても今はそんな風に思っていない。
「でも、そのおかげで今DVDが見られたんですね」
 トキヤが呟いて、キッチンへと行く。少しして、微かに歌声が聞こえてきた。トキヤの鼻唄だ。ずいぶんと珍しいそれをよく聞く為に、足音を消してキッチンに近づいた。そして壁に隠れて、耳を澄ませる。
 ……んん? 何の歌だろう。
 きっとST☆RISHの曲かトキヤのソロ曲を歌っているんだと思ったけど、どうにも違うみたいだ。コーヒーの淹れる音に混じって、楽しそうなメロディーと弾んだ声が途切れ途切れに聞き取れる。
 何の歌だろう。そう思っていると、印象的なフレーズが聞こえた。HAYATOが毎朝言っていた言葉だ。
 それを聞いた瞬間、俺はそれが何の曲なのか分かった。一気に胸が熱くなった。心臓がばくばくと音を立てて存在を主張している。
 衝動のままに姿を現してトキヤの隣に立ったけど、歌はまだ続く。しかも、少しずつ声が大きくなってきた。
 やっぱりHAYATOが遊園地で歌っていたあの曲だ。HAYATOらしくてきらきらとした明るい曲を、トキヤが微笑みながら歌っている。
 背中に抱きついて、肩に顔を埋める。息を吸い込む度にトキヤのいいにおいが胸に満ちていく。それと一緒に幸せな気持ちももらっていた。
「……もう一回歌って」
「しょうがないですね」
 一番が終わると、歌も止まってしまった。それが本当に惜しくて、おねだりをしてみたらすんなりと了承してくれる。そして今度ははっきりとした声量で歌い始めた。しかも振り付きだ。でも、歌声はHAYATOのものじゃなくてトキヤのものだ。
 トキヤがHAYATOの曲を歌うなんて、今まで想像もできなかった。それが今は、俺の目の前で笑って踊りながら歌っている。こんな日が来るなんて思わなかった。
 邪魔にならないように体を離して、観客が俺だけの特別ライブを夢見心地で見守る。
 数分後、今度は一曲フルで歌い終えたトキヤは大きく息を漏らした。
「どうでしたか? 何分、久しく歌っていなかったので……」
「……すごく、本当によかった」
 十三年ぶりに歌って踊るというのが信じられないくらい、トキヤは完璧にこなしていた。でも、歌詞を間違えていたって、振りを忘れていたって、俺は同じように答えていた。
「そうですか、ありがとうございます」
 少し不安げに俺を見ていたトキヤが笑った。どこかHAYATOを思い出させる笑い方だ。それを見て、つい訊いてしまう。
「トキヤは今、HAYATOだったことをどう思ってるの?」
「HAYATOでよかったと思っています」
 トキヤはすぐさまそう答えた。
「HAYATOを通じて得た経験全てが、私の一生の宝物です」
「そうなんだ……。俺はトキヤと同じくらいにHAYATOのことも大好きだから、トキヤがそう思っててくれて本当に嬉しい!」
 もしHAYATOだったことを後悔していたんなら、それはとっても悲しいことだ。俺も七海も、他のたくさんの子たちも、HAYATOのことが大好きだったから。
「……じゃあ、HAYATOの話をしたがらなかったのは? あんまりにもしてくれないから、もう忘れてしまいたいんだとずっと思ってた」
 だから、俺も忘れなきゃいけないと思ってHAYATOの華々しい活躍を振り返ることをしなかった。DVDを見るのも躊躇った。でも懐かしかったし、HAYATOの姿が見たかったからつい再生してしまったけど。
「私がHAYATOを忘れたいと思ったことはありません」
「私が?」
「……他の人には忘れてほしかったんです。私がST☆RISHのメンバーの一ノ瀬トキヤである以上、HAYATOのイメージは払拭してしまわなければならないでしょう。だから今も、つい懐かしくなって歌ってしまいましたが、HAYATOとしては歌えなかった」
 ちょっと困ったようにトキヤが笑う。俺は白い手を強く握った。
「忘れさせる必要なんてないよ」
「でも」
「トキヤはトキヤだし、HAYATOはHAYATOだけど、でもやっぱりHAYATOはトキヤの一部だと思う」
「……何言ってるのか分かりませんよ」
 うーん、うまく言葉にできない。俺は眉を寄せて一生懸命考えながら喋る。
「だからその、HAYATOっていうアイドルなんだけど、でもやっぱりトキヤが演じてるんだからトキヤって事で……。……トキヤにはHAYATOっていう部分もあるって事は絶対悪い事じゃない。いい事だよ。みんな、トキヤも好きだし、HAYATOのことも好きに決まってる」
 トキヤはちょっとの間考え込んでから、大きく頷く。
「そうだといいですね」
「そうなの!」
 抱きしめたトキヤの唇にキスをする。よく手入れのされた、ちょっと柔らかい感触がした。何回もキスをしてから、俺はもう一度おねだりをする。
「ねえ、今度はHAYATOで歌ってよ」
「……分かりました」
 意を決した表情のトキヤが深呼吸を繰り返してから、もう一度同じ曲を歌いだした。今度は鼻に掛かったようなHAYATOの声だ。すごい、全然変わってない。変わってなさ過ぎて……。
 俺は歌に合わせて体を揺らしながら、ちょっと視線をはずした。
「……えへへ、すーっごく久しぶりに歌ってみたけどどうだったかにゃ?」
 また一番だけで歌い終えたトキヤがHAYATOの口調で喋る。感想を求められ、俺は腕を組んで首を傾げた。
「……今何歳だっけ?」
「さ、三十だけど? どうしたかにゃ?」
「やっぱり、三十歳がそうやって喋って歌ってるとさすがにちょっと…………あれかなぁ……」
 よくよく考えればあの頃のHAYATOはまだぴっちぴちの十代だった。十代と同じ喋り方を三十歳がするとなかなか厳しいものが……。
「あなた最低ですね」
 そう言いながら、トキヤが全力で俺の腹を殴った。あまりの痛さに床にうずくまって呻く。そんな俺を乗り越えて、トキヤはキッチンを出ていった。
「トキヤー! 怒らないでよー! 厳しいけど、でもそこが可愛いからさー!」
 返事はない。そうとうお怒りらしい。どうにかしてなだめるために、痛みを堪えながら俺は立ち上がった。